日本フィル・第711回東京定期演奏会

4月にヨーロッパ楽旅、そして東京・横浜定期を率いてきた首席指揮者インキネンが、一と月置いた6月にも日本フィルの東京と横浜の定期に登場します。4月が海外ツアーの凱旋公演だったのに対し、今月はフィンランド一色。東京ではこんなプログラムが取り上げられました。

湯浅譲二/シベリウス讃-ミッドナイト・サン-
サロネン/ヴァイオリン協奏曲
     ~休憩~
シベリウス/組曲「レミンカイネン」-4つの伝説
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ヴァイオリン/諏訪内晶子
 コンサートマスター/白井圭
 ソロ・チェロ/菊地知也

今回は「日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念公演」と銘打ち、フィンランドと関係の深い作品がズラリ。日本とフィンランドが国交を結んだのが1919年、第一次世界大戦が終結した翌年のことで、今年が100周年になります。
実際に調印がなされたのは5月24日だそうで、両国では100周年を記念して様々なイヴェントが計画されています。

https://www.japanfinland100.jp/

1919年と言えば、奇しくも日本フィルの創設指揮者である渡邉暁雄が生まれた年。母がフィンランド人である氏の誕生日は正に6月の5日でもあり、今月こそ日本とフィンランドの友好を祝すには最適の季節でもありましょう。因みに渡邉氏が亡くなったのも1990年の同じ6月、22日のことでした。

この日梅雨入りが発表された関東甲信、鬱陶しい小雨の中ホールに入ると、湯浅譲二氏の元気そうな姿が目に飛び込んできました。ふと目線を前に戻すと、あっ、ヤナ・クスじゃないか! そう、目下ブルーローズでベートーヴェン・チクルスを敢行中のクス・クァルテットの面々も来ています。もちろんこの日のソリスト諏訪内晶子を聴くためでしょう。
ということで、梅雨空とは対照的に華やかな空気に包まれたサントリーホールでした。

作曲者隣席の元で演奏された「シベリウス讃」、1990年のシベリウス生誕125周年を記念するプロジェクトのために、フィンランドのヘルシンキ・フィルからの委嘱により作曲された7分ほどの作品。初演は1991年5月にヘルシンキで行われましたが、恐らくその後長く再演されて来なかったと思います。湯浅作品を出版しているショット社のホームページに掲載されている演奏記録でも、初演の次にリストアップされているのが今回のインキネン/日本フィルなのですから。
恐らく日本初演と思われる機会ですから、楽器編成を書いておきましょう。
フルート3(ピッコロ持替1、アルト・フルート持替1)、オーボエ3(イングリッシュ・ホルン持替1)、クラリネット3(E♭管クラリネット持替1、バス・クラリネット持替1)、ファゴット2、コントラ・ファゴット1、ホルン4、トランペット3、トロンボーン2、バス・トロンボーン1、シンバル、ヴィブラフォン、チューブラーベル、アンティーク・シンバル、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦5部。

スコアは貸譜で、一般のファンは見ることが出来ません。オン・ライン・スコアでの閲覧とまでは言いませんが、少なくともスコアを販売してくれませんかね、ショットさん。どうも日本の音楽界で最も物足りないのは出版業界じゃないでしょうか。
譜面を見ていないので何とも言えませんが、冒頭から昔懐かしい実験工房の響きがホールに満ち溢れます。現代音楽からクラシックの世界に入った私にとっては、「これぞ音楽」という湯浅ワールドに胸迫るものがありました。

副題となっている「ミッドナイト・サン」とは真夜中の太陽、即ち白夜のことで、今どきのフィンランドでは日常的に見られる自然現象でしょう。
湯浅は、世阿弥の著「九位」にある「夜半日頭」(やはんじっとう)の中で最高位の「妙花風」(みょうがふう)にヒントを得、これを日本では見ることが出来ないミッドナイト・サンとして描いたのです。
私が注目したのは、第3オーボエが持ち替えて演奏するイングリッシュ・ホルンのソロがあること。玄妙な響きの中に、微かながらこの楽器の音色を聴き取りました。イングリッシュ・ホルンのソロと言えば、後半で演奏されるあの曲の主役でもありますよね。
インキネンに促され、ステージに上がる湯浅氏。会場も温かい拍手で翁を讃えました。

続いて、期待の諏訪内登場。目の覚めるような赤の衣裳は、まるで人魚姫。彼女が日本フィル定期に出演するのは、私の記憶ではペンデレツキ以来じゃないでしょうか。それにしてもタフな作品ばかり演奏してくれますね。
もちろんサロネンは指揮者として世界的に有名ですが、現代フィンランドを代表する作曲家の一人でもあります。この協奏曲は2009年4月9日にサロネンが監督を務めていたロサンジェルスでレイラ・ジョセフォヴィッツのソロ、サロネン自身の指揮で初演され、ジョセフォヴィッツに献呈されました。日本初演は、確か今回と同じ諏訪内晶子だったと記憶しています。彼女にとっては二度目のサロネンということでしょう。

作品はチェスター社から出版されていますが、親会社のミュージック・セールス・グループは有難いことに、多くのカタログをペルーサル・スコア(精読可能な楽譜)としてネット上に公開しています。日本フィルでもツイッターで紹介していましたから、これで予習された方も多いのでは、と想像します。序に言えば、有料楽譜閲覧サイトの nkoda でも多くのサロネン作品と共に読むことが出来ますよ。
作品は第1楽章「ミラージュ」、第2楽章「パルスⅠ」、第3楽章「パルスⅡ」、第4楽章「アデュー」の4楽章構成。第1楽章と第2楽章はソロのカデンツァを挟んで続けて(アタッカ)演奏されます。このカデンツァ、第2楽章の終わりにも同じパターン、つまりスル・ポンティチェロのハーモニックスが奏されるのですが、第1楽章のカデンツァはこれをベースにソリストが即興でパッセージを加えても良い、と書かれています。諏訪内は(ジョセフォヴィッツの録音も)サロネンが書いた通り、敢えて加筆無しで演奏していたと思います。

第1楽章はいきなりヴァイオリン・ソロの速いパッセージで始まり、恰も演奏前から音楽が始まっていたような印象。
瞑想的な第2楽章に続き、圧巻はリズミカル、闘争的な激しい第3楽章。ノリの良いリズムでソロとオケが対決しますが、最後は思わず拍手してしまいたくなるようなカッコよさ。この日はフライング拍手は出ませんでしたが、皆さんスコアを読み込んでこられたのでしょうか?
作品の核心は、やはり沈潜的な第4楽章でしょう。無伴奏のソロで始まりますが、直ぐにイングリッシュ・ホルンが絡みます。この絡み、12小節に亘って続きますが、上述の湯浅作品、そして後半のシベリウスでも聴かれるように、このコンサートはイングリッシュ・ホルンのソロという共通点が見出されるのかもしれません。

諏訪内晶子、流石でした。抜群のテクニックとリズム感。正に舞台に咲いた一輪の名花という風情です。アンコールもしっかり弾いてくれました。バッハの無伴奏パルティータ第3番から第2曲「Loure」 。

後半は、日本とフィンランドを結ぶ最高の主役、シベリウスの大作です。4つの交響詩を一纏めにした交響曲とも呼べる組曲ですが、滅多に実演では接することが出来ません。インキネンと日本フィルならではのプログラムでしょう。
日本フィルでは大昔、1964年2月の定期で今や伝説となった指揮者タウノ・ハンニカイネンの指揮で演奏していますが、これが日本初演だったのじゃないでしょうか。私が日本フィルの定期会員になる直前のことで、残念ながらこの演奏は聴いていません。

作品番号は22として纏められ、1が「レミンカイネンと島の乙女たち」、2は「トゥオネラの白鳥」、3「トゥオネラのレミンカイネン」、最後に「レミンカイネンの帰郷」で締め括られますが、今回インキネンは2と3を入れ替え、最も有名なトゥオネラの白鳥と、次に聴かれることが多いレミンカイネンの帰郷を並べました。こうすることで二つの作品の対照がより明確となり、音楽的な統一も更に増したように感じられました。
第6交響曲と第7交響曲を休みを入れずに演奏したインキネン、流石です。プログラムの曲目解説(山崎浩太郎氏)によると、1954年の出版とは異なり、シベリウス自身が1896年に指揮して初演された時の曲順に従った由。曲集を本来の姿に戻したい、というインキネンの意志でもあったようです。

最初に演奏された2作は、何れも時間的にも長大な音楽で、特に2番目のトゥオネラのレミンカイネンはトレモロの連続。ゲスト・コンマス白井以下の熱演に大拍手を贈りましょう。
インキネンの指揮も、欧州ツアーを境に表現意欲を更に表に出す傾向が強まっていることを感じさせます。トゥオネラの白鳥ではテンポをやや遅めに採り、深い悲しみが淡々と寄せてくる。特に練習記号Gからヒタヒタと打ち付ける「タン・タン・ターン」というリズムは、直前に演奏されたトゥオネラのレミンカイネンでも要所要所に現れていたもの。今回の曲順で演奏されて初めて、二つの作品の関連性にも気付く目から鱗のトゥオネラの白鳥でした。

敢えて言えば、組曲「レミンカイネン」はスメタナの「我が祖国」のシベリウス版。日本・フィンランド国交100周年記念に最も相応しい楽曲と言えそうですね。
来週の横浜定期、そこではフィンランディアを含むオール・シベリウス・プログラムが待っています。この二つの演奏会を何れも聴いて、この100年間に思いを致しましょう。お、横浜の翌日にはサントリーで同じプロの名曲コンサートもありますな。

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