サルビアホール 第114回クァルテット・シリーズ

7年振り、正確に言えば6年7か月ぶりに素晴らしいクァルテット、アポロン・ミュザゲートを堪能してきました。ABQのピヒラーが絶賛、こちらはAMQの愛称で知られている、とは私が勝手に思い込んでいるだけかも・・・。
前回はハイドンでいきなりの強烈パンチを浴びせ、シマノフスキ、ヤナーチェックと圧倒的な印象を与えてくれた彼等ですが、今回はシューベルト初期とシューマン。何とも地味なプログラムですが、これに騙されちゃいけませんぞ。衝撃的なロマン派に痺れましょう。

シューベルト/弦楽四重奏曲第4番ハ長調D46
シューベルト/弦楽四重奏曲第9番ト短調D173
     ~休憩~
シューマン/弦楽四重奏曲第1番イ短調作品41-1
 アポロン・ミュザゲート・クァルテット

鶴見に集まったコアな室内楽ファン。それでもこの団体は初めてという方も多く、アポロン・ミュザゲートは立奏、つまりチェロ以外は立って弾くんですよ、と解散風ならぬ先輩風を吹かせます。
それはホールに入れば一目瞭然、高く設定された譜面台が目に入ってきました。
気になるメンバーですが、7年前と変わっていません。今回は名古屋・宗次に見参し、鶴見のあとは紀尾井ホールでもシューベルトを中心にしたプログラムが披露される由。今年のオーストリア、シューベルティアーデではシューベルト・チクルスを敢行するとのことで、目下シューベルトが彼等の活動の中心となっているようです。

アポロン・ミュザゲートに関する情報、2012年11月の感想も含め、僭越ながら私のレポートをご覧ください。団名の由来、メンバー名、ホームページ、略歴等々も紹介しておきました↓

さて二度目の登場となる昨夜、前半はシューベルトの初期作品2曲を並べました。最後の3大傑作(ロザムンデ、死と乙女、大ト長調)と「断章」こそ四重奏の定番として愛されるシューベルトですが、それ以前の作品は殆どナマで聴くチャンスはありません。サルビアでもエクセルシオが2番と8番を取り上げたことがあるだけで、今回の4番と9番は何れもサルビア初登場の作品です。
シューベルト初期があまり取り上げられない理由、ズバリ言えばつまらないからでしょうね。いや、面白くないと思われているか、つまらない演奏が多いということかも知れません。

そんな「常識」?を打ち破ってくれたのがアポロン・ミュザゲート。その事情は、演奏される機会が少なかったシューベルトの初期の交響曲が、若い指揮者たちによって見直され、近年になって急速に復興しているのと同じでしょう。
今年のシューベルティアーデ、今回の演奏を聴いて出掛けて見たくなった聴き手も多いのでは、と想像します。
一般的な解説では、シューベルトは家庭で演奏するために習作的に四重奏をいくつも書いた。作曲法も未熟なため、同じことの繰り返しが多く退屈、という意見が踏襲されてきたようです。

それへの反論。シューベルトは生まれながらにシューベルトで、その天才と狂気は初期作品にも、いや若書きだからこそ発露しているのだ、ということがアポロン・ミュザゲートによって証明されました。
冒頭の第4番。ハ長調と表記されていますが、音楽がアダージョの序奏で始まり、“何処がハ長調なんじゃ”。それは主部のアレグロ・コン・モートに入っても変わりません。ハ長調という曇りの無い明るさが一向に見えてきません。その狂気をAMQが聴き手に突き付けてくる。
4番を続ければ、ファースト・パヴェルが絶妙な装飾を付けて弾いた第2楽章アンダンテ・コン・モートはト長調。変ロ長調のメヌエットを経て、漸く第4楽章アレグロで主調とされるハ長調に落ち着きます。

拍手に応え、そのまま続いた第9番は、冒頭から明確なト短調。しかし展開部に入ると、不気味なトレモロが聴かれる。AMQの見事なアンサンブルは、不安の騒めきか。
変ロ長調のアンダンティーノ、主調のメヌエットを経て、同じくト短調のフィナーレ(アレグロ)へ。最後に4小節に亘って響く全員のシンコペーションこそが、シューベルトの天才と狂気の現れでしょう。AMQによる見事な終止感が、そのことに改めて気付かせてくれました。

ウィーン風の古雅な演奏では味わえない、斬新なシューベルト体験を休憩で癒し、後半のシューマンへ。
作品41として一気に書かれたシューマンのクァルテットは、ファンも多く、サルビアでも名演が繰り返されてきました。AMQはシューマンをどう聴かせてくれるのか。

それは、一言で言えば正攻法でしょうか。音楽が私的な感情の変化につれて動き、微妙な光と影を映し出していく。これぞロマン派、というシューマン。
シューベルトの4番と同じで、主調はイ短調となっているものの、“何処がイ短調なんじゃ”。序奏と主部の間には、たった4小節の問いかけが挟まります。このフェイントが、古典派の時代には無かったこと。そして突入するアレグロは、へ長調でしょ?

シューマン節丸出しのスケルツォはイ短調ですが、間に挟まるのはトリオではなく、もっと私的なインテルメッツォ。どうしてもベートーヴェンの第9を連想してしまう第3楽章アダージョもへ長調で、終楽章プレストでイ短調に戻る。
このフィナーレ、最後の最後でモデラートとテンポが落とされ、コラール風の楽句が忍び込みます。そこからイ長調に転じ、音量を次第に高めて勇壮な終結へ。
こうした音楽上のドラマが、古典的なルールからは逸脱して展開していくのがシューマンのシューマンたる所以で、多くのシューマン好きはここに惹かれるのでしょう。アポロン・ミュザゲートは、そうしたファンにも納得のシューマン演奏だったのじゃないでしょうか。

鶴見ではアンコールに意外なモノ、本編とは全く異なる傾向の小品を披露する団体が目立って来たようですが、AMQのアンコールも、オスヴァルド・フレセド Osvaldo Fresedo (1879-1984) というアルゼンチン・タンゴの作曲家による代表作で、「ヴィダ・ミーア」 Vida mia (我が人生という意味? かな)というタイトルの付いたタンゴだそうです。バンドネオンで演奏するもの、オーケストラ・バージョンなど編成はどのようにもなるようですが、ユーチューブで検索すると、弦楽四重奏で演奏しているものも見つかりました。もちろんアポロン・ミュザゲートではありませんが・・・。

19世紀初頭のロマン派に浸り、最後はアルゼンチン・タンゴに酔う。素晴らしいサルビアホールの響きも手伝って、時空を超えたクァルテットの醍醐味でした。
3度目のAMQ@鶴見、次は7年も間を開けないようにお願いします。

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