読売日響・第590回定期演奏会

スッキリとしない梅雨空が続く首都圏、赤坂サントリーホールで読響の7月定期を聴いてきました。このあとは多くのオケが夏休みに入り、次は秋。ということで一つの区切りでもある定期です。
7月は、去年3月に振る予定を体調不良でキャンセルしたハンガリーの若手ナナシがリヴェンジを果たしました。前回指揮する予定だったプログラム(ツァラトゥストラ他)とはガラリと変わり、お国モノを中心とした次の選曲です。

コダーイ/ガランタ舞曲
サン=サーンス/ピアノ協奏曲第5番へ長調作品103
     ~休憩~
バルトーク/管弦楽のための協奏曲
 指揮/ヘンリク・ナナシ Henrik Nanasi
 ピアノ/リュカ・ドゥバルグ Lucas Debargue
 コンサートマスター/長原幸太

ナナシは1975年のハンガリー生まれですから、正しくは「Nanasi Henrik」と綴るべきでしょうか。一昨年までベルリン・コーミッシェ・オーパーの音楽監督を務めていた方で、オペラを得意とする指揮者。手軽に聴けるCDとしてはエームズから出ているロッシーニの「泥棒かささぎ」全曲がありますね。これはフランクフルト歌劇場での録音ですから、読響首席指揮者ヴァイグレとの繋がりもありましょう。エージェントが発表しているプロフィールがありますから、こちらをご覧ください↓

http://www.gmartandmusic.com/conductors/nanasi/

初めて接する指揮者、典型的な燕尾服ではなく、民族衣装風のデザインとも見える衣裳で登場しました。この分野は素人なので見立てが違っていたらごめんなさい。
やや小柄で、この後で登場するピアニストが長身なだけに、その差が際立ちます。指揮台にスコアを置き、指揮棒も使います。前半のコダーイとサン=サーンスでは、一般の音楽ファンにも馴染みのポケット・スコアを使っていました。

ハンガリーと言えば名指揮者を次々に輩出したことで知られますが、ナナシもその伝統を受け継ぐ一人でしょう。小柄なだけに動きはキビキビとしていて、腕まで使ってボクシングのようなアクションに見えるのは、同郷の名匠ショルティと似ていなくもない。また指揮台を広く使って忙しなく動き回る指揮振りは、かつてロンドン響と来日した時にテレビで観戦したドラティを髣髴させます。(ドラティは読響にも一度だけ来演しましたが、聴いていません)
冒頭のコダーイとメインのバルトークは、もちろんナナシにとっては名刺代わりの名曲。演奏会でも定番の2曲で、敢えて詮索する必要もないでしょう。

コダーイのガランタ舞曲は、作曲者が3歳から10歳までを過ごした町でもあるガランタでの体験、ロマの人々の演奏を思い出しながら作曲したものと思われます。ガランタは現在のスロヴァキア領ガランタで、ハンガリーに詳しい方に聞くと、ガランタはハンガリーではガラーンタと伸ばすのが本当のようですし、コダーイが素材として用いた民謡は複数ありますから、煩いことを言えば「ガラーンタ舞曲集」と表記すべきでは、などと天邪鬼なことを考えながら聴いていました。故柴田南雄氏はこの作品、「ガランタイ・タンツォーク」と呼んでいたことなども懐かしく思い出しました。
コダーイの父はいわゆる鉄道マンで、ハンガリー各地を転勤して回りましたから、ゾルタンを含む3人の子供たちは全て生まれた町が違うのだそうな。作曲家のゾルタンが生まれたのは南部のケチュケメートで、ガラーンタは北部に位置します。

続いてはフランス生まれのピアニストが弾くサン=サーンス。プログラム誌によると「真の天才現る」と紹介されていましたから、さぞ素晴らしいソリストなのでしょう。私は恥ずかしながら名前も初めて聞きました。
前述したようにスラリとし、鍵盤の下に脚が何とか収まるほどの背の高さ。1990年生まれで、ピアノを始めたのは11歳の時だそうですが、一旦音楽からは離れて理学と文学で学士号を取得したという変わり種。再びピアノに戻ったのは20歳を過ぎてからで、パリのエコール・ノルマル“コルトー”音楽院でレナ・シェレシェヴスカヤに就いて学びます。シェレシェヴスカヤには現在も師事しているそうで、ホームページはこちら↓

作曲者の演奏活動50周年を記念して開かれたコンサートで初演された第5協奏曲は、「エジプト風」というタイトルが付せられていることでも知られるように、東洋的エキゾチシズムに溢れる作品。その昔、某有名女優が好きだったという噂もありましたし、私も安川加寿子氏のソロで聴いたことがあります。
西洋クラシック音楽に取り入れられた、あるいは侵入してきた東洋的な要素、という意味でコダーイやバルトークの作品との共通点があるのかもしれません。

噂に違わすドゥバルグのピアニズムは圧巻で、特に最後のクライマックスにおける猛烈なスピードとテクニックは、子供の頃にテレビで見て唖然としたジョルジュ・シフラを思い出させるものがありました。長い指先の目にも止まらぬ回転は、画面では指先がボーッと白く滲んでしまうほどの勢い。そう言えばツィフラ・ジェルジュ(シフラのハンガリー読み)もハンガリー生まれ、パリで一世を風靡したヴィルトゥオーゾでしたね。

大歓声に応え、ドゥバルグのアンコールはサティのグノシェンヌ第1番。曲名は判らなくとも、殆どの音楽ファンが“サティーだな”と思う逸品です。

メインのバルトーク、詳しく触れるまでもないでしょう。ヴィルトゥオーゾ・オケである読響のパワーが炸裂し、華麗なアンサンブルが展開。この1回だけでナナシを評することは避けますが、ハンガリーの指揮者がハンガリー作品を指揮し、フランス人ピアニストがフランス音楽を弾く、真に判り易い定期演奏会でした。
なお今回の来日でナナシが振るのはこの日のみ、一方のドゥバルグはこのあと名曲、ホリデー名曲、大阪定期でラフマニノフの2番を披露することになっています。

読響には珍しく、コンサート終了後に指揮者とソリストによるサイン会が行われていました。

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