第384回・鵠沼サロンコンサート

10月に入って早々、フランスの名クァルテットを連続して聴きます。感想は2回纏めて、と思いましたが、やっぱり一回づつ紹介しておきましょう。10月とは思えない暑さの中、鵠沼海岸のレスプリ・フランセで堪能したサロンコンサートは、

ハイドン/弦楽四重奏曲第34番ニ長調作品20-4
ドビュッシー/弦楽四重奏曲ト短調作品10
     ~休憩~
トゥリーナ/闘牛士の祈り 作品34
ラヴェル/弦楽四重奏曲ヘ長調
 クァルテット・ドビュッシー

前年から年間会員に登録したサロン、実は今シーズン初回の9月は確か読響定期と重なってしまい、涙を呑んでパスしました。従って個人的にはシーズン最初の鵠沼でもあります。

記録のために記しておくと、9月の第383回はフィンランド・リコーダー・クァルテットという珍しいグループが登場し、バロック作品やフィンランド民謡の数々が紹介された模様。チラシの写真を見た限りでは北欧系美女4人、やっぱりこっちにしておけば良かったかな、と多少後悔はしています。

さて今回のクァルテット・ドビュッシー、サルビアホールでは二度体験していますが、鵠沼で聴くのは初めて。しかし初めてなのは私だけで、平井プロデューサーによれば、サロンがラーラ・ビアンケで開催されていた頃に二度出演していて、サロンコンサートとしては今回が3度目の由。
早速アーカイヴを検索してみると、2001年5月の第174回、2007年10月の第255回の記録が見つかりました。その頃は現役サラリーマンでしたから、たとえ知っていたとしても出掛けるのは無理だったでしょう。
折角ですから鵠沼での演奏曲目を列記しておくと、2001年がハイドン(作品33-5)・ミヨー(第1番)・ラヴェル、2007年はドヴォルザーク(第10番)・ショスタコーヴィチ(第12番)・ドビュッシーでした。因みにファーストのクリストフ・コレッテとヴィオラのヴァンサン・デュプレクの二人は創設以来不動ですが、セカンドとチェロは度々交代しており、今回の二人、セカンドのマルク・ヴィエーユフォンとチェロのセドリック・コンションは鵠沼初登場の筈です。

今回はエスプリ・フランスでは初、12年振りということもあって、フランスを代表する二大名曲のドビュッシーとラヴェルを一気に弾いてしまおうというプログラム。正に L’Esprit Francais の一晩と言えましょうか。

いつものように冒頭で平井氏の挨拶と短い解説。さすがに弦楽四重奏の回となるとトークにも熱が入り、クァルテット・ドビュッシーが如何に素晴らしい団体であるか、を。
フランスのクァルテットは低迷していた時期もありましたが、Qドビュッシーが世界三大コンクール(人によって選択は異なれど、フランスのボルドー、イタリアのパオロ・ボルチアーニ、イギリスのヴィグモアホール・コンクールというのが定説)の一つであるボルドー(当時はエヴィアン・コンクールと呼ばれていた)で優勝したのが切っ掛けで、フランスにも優れた団体が次々に生れて今日の隆盛に至ったとのこと。フランスのコンクールでありながら自国団体が一度も制していなかったボルドーに勝ったドビュッシーの凄さを、熱く紹介されました。

Qドビュッシーはサルビアで二度聴いており、彼らが曲目によって演奏形態を変えてくることは承知していました。その点を先に種明かししておくと、ハイドンとトゥリーナは普通に椅子と譜面を使っての演奏。ドビュッシーとラヴェルは完全な暗譜演奏で、ドビュッシーは普通に座奏ながらラヴェルは立奏(もちろんチェロは座ります)。前回サルビアでもラヴェルは暗譜立奏でしたね。

冒頭にハイドンを選んだのは前菜かと思いましたが、さにあらず。ハイドンの実験的な試み、弦楽四重奏という形態が定着していく過程をさり気無く再現してくれるような驚きにも満ちていました。(作品20は、当初4本の弦のためのディヴェルティメントと呼んでいたはず)
即ち四重奏にしても交響曲にしても、ソナタ形式を中心とする4楽章制の絶対音楽は、前半2楽章が真面目な性格、後半2楽章は喜悦を伴う音楽という構成に収斂されて行きますが、作品20-4はその最も早い実例でしょう。特に第2楽章の変奏曲は調性もニ短調、更に4つある変奏に長調は一度も登場しないという徹底ぶりなのです。

第1変奏はセカンドとヴィオラの対話が中心で、第2変奏は主役のチェロの歌をヴィオラが支える役目。最終第4変奏の最後には4人がフォルティッシモのユニゾンにより3度で駆け上がる悲劇的なパッセージも。
ハイドンのクァルテットと言えばファーストの主旋律を他の3人が支えるだけの単純で退屈な音楽と思っている貴方、認識を改めてください。大作曲ハイドンのエッセンスがギッシリ詰まった作品20-4、これを取り上げたQドビュッシーには明確な意図があったと思慮します。
そのハイドン演奏、これまでサルビアホールでの感想を綴って来た彼等の特質が見事に当て嵌まる素晴らしいもの。4本の弦楽器が恰も一つの楽器で演奏されているような統一感、それでいながらフランスの団体ならではの色彩豊かなニュアンスは、現代でも決して色褪せないハイドン像を描き出して魅せたのでした。

一つ飛んでトゥリーナ。本来は民族楽器のリュートのために書かれた小品ですが、クァルテットに編曲されてヒットし、平井氏によればトゥリーナでは最も親しまれている作品とのこと。
実はサルビアでも同じフランスの団体Qヴォーチェが取り上げており、作品に付いてはその時に詳しく触れました。

Qヴォーチェはトゥリーナの後ドビュッシーで締め、圧巻の名演を繰り広げたのですが、先輩格のQドビュッシーも流石。団体の名称にもなっているドビュッシーは、正に極めつけの名演だったと太鼓判を押しましょう。
最後のラヴェルと並び、弦楽四重奏の極致と呼んでも褒め過ぎにはなりませぬ。ドビュッシーは座奏、ラヴェルは立奏でしたが、その違いも判るほどに、二人の大作曲家の特質が捉えられていたと聴きました。彼等の演奏を聴かずしてドビュッシー、ラヴェルを語る事勿れ。

何故か少なかった聴衆からは熱狂的な拍手。4人も満足気な表情でカーテンコールを受けます。
当然ながらアンコール。ファーストのコレッテがユーモラスにフランス語と日本語を交え、“L’Esprit Francais, Debussy, 雪の足跡”と曲目を告げました。もちろん暗譜立奏でのアンコール。
デザートはこれだけに留まらず、再び“L’Esprit Francais, Debussy, ミンストレル”。まだまだ拍手は鳴り止みません、三度目の正直で“L’Esprit Francais, Debossy, La fille aux cheveux de lin”。
都合3曲、何れもピアノのための前奏曲集第1巻からの3曲が、弦楽四重奏版で演奏されました。

この3曲、何れも当日会場でも販売されていた彼等のハルモニア・ムンディ盤「ドビュッシー…ジャズ」というアルバムに収められているもので、弦楽四重奏だけで演奏できるもの。
そのCDのブックレットによれば、編曲は主に以前Qドビュッシーのチェロを弾いていたアラン・ブリュニエ Alan Brunier と、セカンドのヴィエーユフォンがアレンジャーとクレジットされています。最後の「亜麻色の髪の乙女」は、現メンバー4人の共作だそうな。

いずれにせよ、コレッテのメッセージ通り「レスプリ・フランセ」(フランスの心、機知)そのもののサロンコンサートでした。
明日のサルビアも楽しみ。

最後に通知を一つ。次回のサロン(11月5日)はクーベリック・トリオが出演しますが、演奏者の希望により予定のベートーヴェン「街の歌」が何と「大公」に替わる由。素晴らしい大公を体験されたい方、是非とも鵠沼海岸にお出かけください。

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