第365回・鵠沼サロンコンサート
初秋、というか未だ暑さが残る晩夏の一夜、鵠沼海岸レスプリ・フランセで行われたサロン・コンサートを聴いてきました。同サロンの発足が1990年9月だったこともあり、新シーズン最初のコンサートです。
渡辺玲子ヴァイオリン・リサイタル
R.シュトラウス/ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調
~休憩~
パガニーニ/ロッシーニの「モーゼ」の「汝の星を散りばめた玉座に」による幻想曲
クライスラー/ウィーン奇想曲
R.シュトラウス/「ばらの騎士」ワルツ(プリホダ編)
バルトーク/ルーマニア民族舞曲
ラヴェル/フォーレの名による子守歌
ラヴェル/ツィガーヌ
ヴァイオリン/渡辺玲子
ピアノ/坂野伊都子
本題に入る前に、この7月に水曜社から刊行された「クラシックコンサートをつく。つづける。」という書物を紹介しておきましょう。「地域主催者はかく語りき」と副題が付された同書は、鵠沼サロンコンサートを主催する平井満氏と、フリージャーナリスト渡辺和氏の共著。
長年に亘って地域でクラシックコンサートを企画制作してこられた平井氏と、その活動を日本全国、時には海外まで取材してこられた渡辺氏が、過去・現在・将来に亘ってコンサート創りのノウハウを伝えていこうという趣旨の基に纏められた力作。
私も早速読ませて頂きましたが、正に目から鱗。かつて住んでいた地域にも地道な活動が存在したことを今になって同書から学び、当時の情報発信の少なさを慨嘆したものでもありました。今やネットの時代、関心さえあれば簡単に情報が入るとはいえ、この一冊が世に知らしめる地域の音楽活動に関する第一級の資料となることは間違いありません。
特に巻末に付された民間開催者・サロン・小規模ホールのリストは貴重で、これからコンサートを作ろうと考えている方ばかりでなく、私のような聴くだけファンにとっても大いに参考になります。何処かで見かけたら、是非一冊お求めになることを薦めておきましょう。あとは、それこそネットでググればよろしい。
ということで、この書籍でも中心的に紹介されている鵠沼サロンコンサート、2017-2018シーズンも無事にスタートし、昨日が9月例会でした。
今回は「日本を代表するヴァイオリニスト、16年ぶりの出演」と紹介された渡辺玲子。サロンは冒頭、27年にも亘ってコンサートを創り続けて来られた平井プロデューサーの簡単な出演者と演奏作品の紹介から始まりますが、その中で渡辺玲子は2001年から2006年に掛けて企画された「実力主義10人の女性ヴァイオリニスト」のトップバッターとして登場して以来の鵠沼であることが紹介されました。
その話に大きく頷いている方もおられましたから、創設当初から現在まで熱心に通い詰めておられるファンが存在することに改めて驚かされます。
当サロンには充実したホームページがあり、そのアーカイヴを紐解くと、渡辺玲子が最初に登場したのは2001年9月18日。曲目はバッハの無伴奏ヴァイオリン作品からソナタ全曲とパルティータ第1番だったことが判りました。日付から見ても、正に16年ぶりの出演なのでした。
今回は無伴奏ではなく、京都出身のピアニスト坂野伊都子氏とのデュオ。プログラムも前半にシュトラウスの大作ソナタを披露し、後半は楽しい小品集と言う比較的オーソドックスなリサイタル・プログラムです。
しかし単にオーソドックスとはならないところが渡辺玲子。彼女の全てを間近に見ながら、名器グァルネリ・デル・ジュス「ムンツ」の奏でる名曲の数々を堪能できたのはサロンだからこその恩恵と言えるでしょう。とにかく凄かったですよ、正に圧巻の音楽体験。
もちろん前半のシュトラウスもパワフル、フレーズをきちっと弾き切り、格調高い名演でしたが、後半は特に聴きモノ。渡辺玲子自らが作品解説、個人的な思い出などを交えながら弾き進むスタイルで、これには思わず惹き込まれてしまいました。
その一々を報告することは出来ませんが、例えばパガニーニはG線だけを使って演奏すること。ストラディヴァリウスが高音の美音を特徴とするのに対し、彼女が使うデル・ジュスはG線の太く深い響きが特徴との由。
なるほどG線の野太い音に驚愕でしたが、途中のフラジョレットではE線での演奏。あれっ、と思っていると演奏後、“さっきG線だけと言いましたが、皆さん疑問に思ったでしょう。これだけ近いと説明と違うことをしたので変だなッ、と思っていることが直ぐに判っちゃうんですよ。そう、確かにフラジョレットは隣のE線で弾きました。その方が音色が美しく、音楽的に必要だと考えたからなんです”。好奇心を擽る話術じゃありませんか。
クライスラーでは彼の残した録音にも触れ、アイザック・スターンに個人的に受けたレッスンでのエピソードを紹介し、“クライスラーにはラフマニノフとの録音が残っているが、特にシューベルトとグリーグは絶対に聴いておくように。そのエッセンスを体感して欲しい”とアドバイスされたとのこと。
こんな解説を聞くと、その録音を聴いてみたくなるじゃありませんか。
全てこんな感じ。バルトークでは祖国独立への思い、ラヴェルでは母方のバスクの血など、豊富な歴史的な知識を交え、一般的な音楽評論家の解説とは一味も二味も違う切込みで音楽と作曲家を熱く語っていくのでした。
これはもう、単なるリサイタルではなくレクチャー・コンサートの領域でしょうね。
デル・ジュスのG線だからこそのツィガーヌ、その圧倒的な体験にサロンも大興奮で、アンコールとして2曲が紹介されました。一つはショスタコーヴィチの珍しい3つの幻想的舞曲から第1曲、そして“言わずもがなの定番”(エルガーの愛の挨拶)。
因みに、今回の後半は全曲とも近日発売の最新アルバムに含まれているもので、このCDにはコンセプトがある由。それは18世紀半ばから19世紀半ばにかけてのヴァイオリン芸術を並べ、近代欧州を俯瞰する一大絵巻として構成されているのでした。
私はこれまで協奏曲のソリストとして接してきた渡辺玲子ですが、今回は彼女の別な側面にも触れることが出来ました。普通、素晴らしい演奏をする人は話は下手、逆に話題豊富な人の音楽は意外につまらないというケースが殆どですが、彼女の様に音楽も話も凄いとは・・・。天は二物を与えているのですね。思わずCDもゲット、サインまで貰ってしまいましたワ。
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