サルビアホール 第119回クァルテット・シリーズ

長年使っていた折り畳み傘が壊れたので、サルビアホールに向かう前に自宅最寄り駅の駅ビルで傘を新調。ベテランの店員さんと “帰る頃には雨が降り出すかも” などと雑談して鶴見へ。ところが予報より雲行きの方が足早だったようで、鶴見に降り立つと早くも雨が降り始めていました。早速新しい傘が活躍します。
10月10日のクァルテット・シリーズは、シーズン36の1回目。先週終了したシーズン35は2回目・3回目のサルビア登場組を揃えましたが、この日のウィハンQは何と、これが通算で9回目という記録更新、レジェンド団体のコンサートでした。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第20番ニ長調K499「ホフマイスター」
スメタナ/弦楽四重奏曲第2番ニ短調
     ~休憩~
ブラームス/弦楽四重奏曲第2番イ短調作品51-2
 ウィハン・クァルテット

このプログラム、チラシを見た方はあれ、と思われるかもしれませんが、チケットを見せた瞬間の我々も同じ。いきなり係員からプログラムが急遽替わりました、と告げられます。
そう、当初は冒頭にハイドンの作品54-1、続いてモーツァルトのK499、メインがブラームスの2番でした。ところが直前、というかコンサート開始前に突然曲目変更の申し出があり、上記の3曲となった由。主催者側としては、えッ、まじか? という心境だったでしょう。チラシはもちろん、配布されたプログラムの差し替えも間に合いませんでした。

要するにハイドンに替えてスメタナの2番が取り上げられる。これは私の想像ですが、予定されていたハイドンは、実はウィハンQはこれまでサルビアでは二度も演奏していた十八番。流石に3度目となり、過去の記録などを見て急遽スメタナに替えたのではないでしょうか。
元々レパートリーの広い彼等のこと、全体のバランスを考え、新鮮味を加味することも忘れていません。

ということで改めてウィハン、去年はドヴォルザーク・チクルスでサルビアを沸かせましたが、2013年5月の初登場から2015年を除き毎年、2016年からは4年連続で、去年のドヴォルザーク4回を含めて今回が9回目のサルビアとなりました。
別に回数が勲章ではありませんが、これまで鶴見に最も多く登場したのは、ベートーヴェン全曲を敢行したロータスとウィハンが並んでいました。これでウィハンが一歩抜け出したことになります。
序に付け加えると、チェロのミハル・カニュカはプラジャークQのメンバーとしてもサルビア常連。来年はプラジャークでベートーヴェン全曲を予定しており、出演回数個人の部では圧倒的なチャンピオンでしょう。横浜名誉市民、あるいは鶴見名誉区民として栄誉を讃えても良いかも。この日もカニュカの周りにはファンのサークルが出来ていました。

冒頭のモーツァルト、個人的にサルビアホールの演奏記録集を纏めていますが、意外なことに第20番はサルビア初登場となります。ハイドン・セットの14番以降、これでサルビアで演奏されていないのは最後の第23番のみ。完奏の記録を作るのはどの団体になるでしょうか。
ウィハンの特質、これまで何度も紹介してきましたから、改めて書くこともないでしょう。これまで8回の記事で書いたことを要約すれば、速目のテンポ、滔々と流れるカンタービレ。自然な流れと美しい響きを圧倒的な集中力で具現化して行く。先輩から受け継がれているであろう伝統的な古い譜面。手垢に塗れた素材から新たに生み出す新鮮な音楽。今回も印象は全く変わりません。

一つだけ変わったこと。それは、前半の1曲目が終わると拍手に対する答礼はするけれど、そのまま着座して2曲目を弾いてしまう彼等のスタイル。この日は何故かモーツァルトのあと一旦舞台裏に引き揚げ、間髪を入れずに再登場してスメタナに入りました。
ヴィオラのチェピツキー・ジュニアが1曲目のあと席に着こうとしましたがパパ・チェピツキーがサッと舞台裏に向かったのを見て、“あれ、引き揚げるの?” という素振り。これには思わず笑ってしまいました。もちろん意図したものじゃないでしょう。

そのスメタナは、定番の第1番ではなく珍しい第2番。サルビア初登場かと思いましたが、2012年5月にプラジャークQが演奏していました。何のことはない、カニュカにとっては二度目のサルビアでの第2番もあります。
因みにアンコール作品を検索してみると、第2楽章に付いては一昨年の11月、ウィハン4度目のサルビアでアンコールしていました。意外にもウィハン、第1番はサルビアでは未だ演奏していませんが、次は「わが生涯より」がメインでしょうかね。

第2番は第1番から6年後の作品。この頃はスメタナの聴覚は完全に失われており、作曲についてもドクター・ストップがかかっていました。それでも一日数分間の筆を蓄積し、10か月かけて纏めたスメタナ最後の完成作品。
苦闘の後も生々しく、形式的な完成度は今一ですが、斬新な表現と現代的な色彩感が新鮮。4つの楽章が全て強音のユニゾンで開始され、第4楽章以外は静かに終わるという共通点があります。

ウィハンは前に記したように速目のテンポ、圧倒的な集中力で演奏するので、一筆書きに一気に書き上げたのでは、と感じられるのが不思議。弦楽四重奏曲というより、4篇のエッセイとして聴こえてくるのでした。
特に第3楽章、ここは Allegro non piu moderato, ma agitato e con fuoco と複雑。最後に近く、ヴィオラが6連音符で語る短いパッセージが真に印象的に響きます。

後半はブラームス。ウィハンのブラームスは初めて聴きましたが、第2番はサルビアの人気曲で、これがロータス、ライプチヒ、ヴァン・カイックに続く4団体目。第1番も2度取り上げられていますが、不思議なことにブラームスでは最も愛されている第3番が未だサルビアでは響いていません。サルビア七不思議の一つでしょうか、発表されているシーズン37までの間に取り上げる団体はありません。いずれ何処かの団体が五重奏を含めてのブラームス・チクルスを敢行してくれるでしょうが・・・。

このブラームス、ウィハンの特質が全て聴きとれる演奏で、聴き終えての幸福感はナマの演奏会ならでは。ホールの響の素晴らしさが圧倒的な満足感を感じさせてくれます。
この幸福感、アンコールのドヴォルザーク「アメリカ」のフィナーレで最高潮に。このアンコール、ウィハンにとっても3度目で、2013年、2016年にもアンコールされました。本編は去年のチクルスで取り上げましたから、フィナーレだけなら4度目の新記録でしょう。

ウィハンの次回が実現すれば、サルビアホール登場10回目。記録更新も時間の問題でしょう。

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