ウィーン国立歌劇場公演「影のない女」

ウィーン国立歌劇場のリヒャルト・シュトラウス・シリーズ、前回の「ナクソス島のアリアドネ」に続く第2弾は、現地では10・14・18日に行われた「影のない女」でした。最終日18日の模様が昨日の土曜日から3日間視聴できます。主な配役は以下の通り。

皇帝/アンドレアス・シャーガー Andreas Schager
皇后/カミラ・ニールンド Camilla Nylund
乳母/藤村実穂子 Mihoko Fujimura
霊界からの使い/クレメンス・ウンターライナー Clemens Unterreiner
バラック/トーマス・コニエツニー Tomasz Koniecany
バラックの妻/ニーナ・シュテンメ Nina Stemme
若い男の声/イョルク・シュナイダー Joerg Schneider
天上界からの声/モニカ・ボヒネック Monika Bohinec
鷹の声・霊界の護衛者/マリア・ナザロヴァ Maria Nazarova
その他
指揮/クリスティアン・ティーレマン Christian Thielemann
演出/ヴァンサン・ユゲ Vincent Huguet
舞台/オーレリー・メーストル Aurelie Maestre
衣装/クレマンス・ぺルノー Clemence Pernoud
照明・映像/ベルトラン・クーデルク Bertrand Couderc
脚色/ルイ・ガイスラー Louis Geisler

これまた登場人物の多いオペラですが、鷹の声、天使の声、若い男の声、夜警隊の合唱、産まれてこなかった子供たちの声など、舞台には登場せず、舞台裏などで歌う役柄が多い作品。皇帝と皇后、バラック夫妻、加えて乳母の5人が主役級と見て良いでしょう。
シュトラウスの作品の中ではタイトルは知られているものの、特に日本では実際の舞台で接する機会が少なく、今回は貴重な機会。ジックリと鑑賞してこの大作を自らのレパートリーに加えたいと思います。

サロメ、ばらの騎士、アリアドネに比べて人気が今一なのは、そのストーリーが複雑で、かつ荒唐無稽であることが原因かもしれません。劇の展開には余り拘らず、あくまでもファンタジーとして音楽そのものに身を委ねた方がすんなり耳に入ってくると感じますがどうでしょうか。何よりシュトラウスが書いたメロディーが素晴らしい。
シュトラウスは構想の段階で「魔笛」を意識した、と良く解説に書かれますが、作品を見ても魔笛に近いとは思えません。それでも敢えて譬えれば、皇帝と皇后がタミーノとパミーナ、バラック夫妻はパパゲーノとパパゲーナ、乳母は夜の女王かモノスタトスに相当するでしょうか。ザラストロは、オペラには登場しないカイコバート。こう考えれば、5人の役割が理解し易いかも。

私が今回感じたのは、モーツァルトというより、やはりワーグナーの影響でしょう。霊界、天上界、地上の人間世界、地底と移り行く場面設定は「ニーペルンクの指環」と同じ発想ですし、鷹に案内される皇帝はジークフリートを髣髴させます。

日本では馴染みの薄い「影のない女」ですが、ウィーンでは人の高い作品。実はこのオペラが初演されたのも正にウィーン国立歌劇場で、丁度100年前、1919年10月10日のことでした(フランツ・シャルク指揮)。ですから今シーズン初日の公演は、正に初演から100年目に当たっていたわけで、ウィーンの力の入れようは並大抵のものではありませんでした。
今回の演出は「影のない女」100周年記念として今年5月にプレミエ公演があったもので、私は聴き逃しましたが、オッタヴァ・テレビでも既に放映されていました。幸い2019/20シーズンでも再演されたため、聴くことができるのですね。

更に「影のない女」の演奏史を繙いてみると、第二次大戦後、ウィーン国立歌劇場の再開記念公演のシリーズで(ベーム指揮)取り上げられていますし、新メトロポリタン歌劇場落成記念公演でもありました。更にはバイエルン国立歌劇場の再開記念公演(カイルベルト指揮)や愛知芸術劇場の杮落し公演(サヴァリッシュ指揮)など、記念碑となる公演は枚挙に暇がありません。カラヤンはウィーン国立歌劇場の監督退任公演でも取り上げていました。
今回のライブストリーミングを見ていると、その理由が判るような気がします。第2幕までの展開を見ていると、オペラそのものは暗い印象に包まれていますが、第3幕のフィナーレになると急展開してハッピー・エンドに。壮大なハ長調で閉じられることが、このオペラに祝典的な性格を与えているのではないでしょうか。前回の「ナクソス島のアリアドネ」も壮大なエンディングを迎えましたが、こちらは変ニ長調でした。この調性のマジックが、「影のない女」に祝典的な性格を与えていることに注意しましよう。

とは言っても放送時間5時間15分の長丁場。全3幕、各幕夫々1時間10分ほどですから、本体だけ見ても3時間半もかかります。
各幕の間に20分の休憩が入りますから、休み休み聴かれることをお勧めします。
また開演前にドラマトゥルグのオリヴィエ・ラングが作品と演奏に付いてドイツ語で解説しているのですが、日本語字幕が無いので判らないのが残念。恐らく5月のプレミエ公演に際しての映像と思われますが、これにも字幕を付けて頂けないでしょうか。

「影のない女」はこれまで慣習的なカットを施して上演されるのが常識だったようですが、今回の舞台は一切のカットが無い完全全曲演奏。カットは作品の長さ、ストーリーの複雑さに配慮したものと思われますが、その意味でも全曲演奏の今回は鑑賞する価値があると言えそうです。

前置きが長くなりましたが、今回の上演で先ず気が付いたのは、ティーレマンの人気が凄いこと。登場しただけで歓声が上がり、それが幕を追うごとに激しさを増して行くのです。ティーレマンは色々物議を醸していることでも知られていますが、ウィーンっ子の間での人気は凄まじい、それが確認できます。
歓声だけではなく、実際の演奏も見事なもので、ティーレマンとオーケストラ・ピットの様子が第1幕第1場と第2場の間、第2幕第2場と第3場の間、第3幕第1場と第2場、第2場と第3場に映し出されるので、ジックリ楽しみましょう。

5月プレミエの新演出は、モンペリエ出身で美術史が専門のヴァンサン・ユゲ。ローマでパトリス・シェローと出会い、オペラ演出の道に進んだ方とのこと。
紗幕を巧みに使って幻影を見せるのが特徴で、第3幕の第3場ではバラック夫妻、皇帝と皇后が子育てをするシーンなどを象徴的に見せているのが斬新と感じました。私は他の演出に殆ど知見が無いので比較のしようもありませんが、この辺りはユゲのオリジナルだと思われます。
また第3幕第3場は皇后のアリアが聴かせ所で、敢えて幕前で歌います。ここは皇后が人間そのものを知るオペラの重要なポイントで、ユゲ演出ではこれを強調し、「影のない女」の主役は皇后である、ということが明確に打ち出されていました。これに応えるニールンドの歌唱は圧巻。

他に気が付いた点に触れると、第2幕の最後、バラック夫妻が地底に呑み込まれる場面では乳母が地下のマグマのような絵を現出させる映像技術に感心。美術が専門の演出家ならではでしょうか。
また第2幕第3場でバラックの妻に誘惑を促す場面は、かなり際どい演出でドキッとさせられます。それは何か、ご自身で見て確認してください。
私が強烈な印象を持ったのは、最後の幕切れ。世界の主導権が神々から人間に移って行くというコンセプトを強く打ち出すのは、有名なパトリス・シェロー演出の神々の黄昏を連想させます。シェローの影響でオペラ演出の世界に入ったユゲ、ということに改めて思い至りました。

終演後の客席の熱狂も半端じゃありません。ピット前に押し寄せる聴衆の姿も映し出されます。
主役の女性歌手3人、皇后のニールンドはもちろん、バラックの妻を大熱演したシュテンメ、二人と亘り合って一歩も引かない乳母役の藤村実穂子に大歓声が挙がる。ティーレマンが最後に一人登場してカーテンコールを受けると、喝采の声がマイクの容量をオーバーフローしてしまうほどの大喝采と、それに応えるティーレマンのドヤ顔。

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