今日の1枚(25)
ベイヌムのライヴ録音集、今日は2枚目です。
エドゥアルト・ヴァン・ベイヌムはピアニストとしてスタートしました。最終的には指揮者の道を選んだのですが、ピアノも諦めたわけではありません。バロック音楽の演奏の際には、チェンバロを弾きながら指揮することもありました。
更に、ベイヌムはピアニストとしてコンセルトへボウに出演したことがあり(1931年7月12日)、その時にはフランクの交響変奏曲を弾いたそうです。
今日の1枚にはピアニスト・ベイヌムとその縁の作品が含まれています。
①バッハ/2台のハープシコードのための協奏曲ハ短調BWV1060
②シューベルト/「岩の上の牧人」D965
③シューベルト/「ロザムンデ」間奏曲第2番、バレエ音楽第2番
④ルーディ・シュテファン/ヴァイオリンと管弦楽のための「音楽」
⑤フランク/交響変奏曲
演奏日付は、
①1939年12月11日
②と③が1940年7月7日
④1940年1月4日
⑤1939年12月3日
①は冒頭に紹介した鍵盤を弾くベイヌム。ここではチェンバロではなくピアノによる演奏です。ベイヌムは第1ピアノ、第2ピアノはヨハンネス・デン・ヘルトーク Johannes den Hertog 。
デン・ヘルトークは1938年までコンセルトへボウ管のピアニストを勤めていた人。この1938年にベイヌムがメンゲルベルクに次ぐ首席指揮者に就任したことに伴い、それまでベイヌムが勤めていた第2副指揮者の地位に就いたのだそうです。
演奏は器楽曲故でしょうか、昨日のカンタータに比べればテンポも速く、音楽もスッキリと軽いスタイルになっています。弦楽器のメンバーもかなり落として、現代のバッハ演奏に近くなっているのが聴きどころ。
第2楽章は終始弦のピチカートが伴奏し(一部アルコに変わる箇所がありますが)、最後の1小節をアルコで締め括ります。ベイヌムは最後のアルコを1小節前倒して最後から2小節目の後半から弓で弾かせているのが 特徴。
②は本来はソプラノとピアノにクラリネットが加わる作品。ソプラノは20世紀前半のオランダを代表するヨー・ヴィンセント Jo Vincent (1898-1989)。
ヴィンセントはオペラには出演せず、専ら宗教作品とリサイタルに徹した人で、毎年のマタイ受難曲ではコンセルトへボウになくてはならない歌手でした。ここではそのリリカルな歌唱が楽しめます。
クラリネット・ソロは当時のコンセルトへボウ首席クラリネッティスト、ルドルフ・ガル Rudolf Gall 。
ここでは管弦楽版が演奏されていますが、誰のオーケストレーションかは不明だそうです。劣悪な録音状態から判断する限りでは、木管はフルート、オーボエだけ。金管はホルンのみのように聴こえます。ティンパニは無し。
前半のアンダンティーノで短調に替わる所から弦がピチカート伴奏になるところなど、中々上手いオーケストレーションだと思います。
③はベイヌムが得意にしたシューベルト。間奏曲のテーマには軽いポルタメントがかかり、メンゲルベルク治世下のコンセルトへボウを意識させます。
繰り返しは、間奏曲もバレエも前半を実行し後半は省略、というのが基本。もちろん例外の箇所も。
④は珍しい録音。ヴァイオリンのソロは高名なゲオルグ・クーレンカンプ Georg Kulenkampff (1898-1948) 。両大戦間に活躍したドイツのヴァイオリニストですね。麻痺のために演奏活動を中断しましたが、往時はフィッシャー、マイナルディと共にトリオを結成して活動していました。
作曲家シュテファン Rudi Stephan (1887-1915) は第一次世界大戦においてウクライナで戦死したドイツの作曲家。僅か28歳、ユンゲドイチュ(若きドイツ)を代表する天才で、その早逝が惜しまれています。
ドイツ・ロマン主義からスタートし、現代表現主義への道を歩み始めた人。その音楽はツェムリンスキーやベルクを連想させますし、シュトラウスやドビュッシーの影響も感じさせます。
残された作品は僅か。管弦楽曲はこのディスクに収められたものも含めて3曲のみです。
初演はロシア系オランダ人のアレクサンドル・シュムーラーが行い、コンセルトへボウに紹介したのもこの人でしたが、ベイヌムとの共演が残されているのはクーレンカンプ盤。
なお、この作品は最近になって漸くスコアとして出版されました(ヘフリッヒ社)が、その解説にもCD録音盤としてベイヌム/クーレンカンプが紹介されています。
⑤は冒頭にも書いたとおり、ベイヌム自身がソリストとしてコンセルトへボウで初めて弾いた作品。ここでのソロはジェラルド・ヘンゲヴェルト Gerald Hengeveld (1910- ) 。
レコード録音をほとんどしなかったピアニストのようですが、当時は大変に高名だった由。世界中のオーケストラと共演を重ね、リサイタルも数多く行っています。
特にバッハの平均律の演奏が高い評価を受け、完全に暗譜して演奏したことがブックレットで紹介されています。シモン・ゴールドベルク、カレル・ファン・レーウェン・ブームカンプとのトリオでも活躍。
私はこのディスクで初めてヘンゲヴェルトを知りましたが、これは素晴らしい演奏。この曲のベストと評しても良いほどです。
録音も比較的良い状態ですが、残念ながら376小節から416小節位までの間、ボコボコという大きなノイズが連続的に入っているのが鑑賞を妨げます。
それであっても、これが素晴らしい演奏であったことは、演奏の最後に “おぉ~” という歓声が聞こえる(もしかするとベイヌムの声か)ことでも明らか。
当時の日本では、クラシック音楽の情報はレコード中心。ヘンゲヴェルトのような素晴らしいピアニストが全く無名であったのは、録音がなかったからでしょう。「産業」としてのクラシックだけでは、音楽界の真の姿は捉えられないことを示す一例。
参照楽譜
①リー・ポケット・スコア LPS147
②カーマス No.1092 (オリジナルのピアノ伴奏版)
③ブルード・ブラザーズ BB626 (全曲版)
④ヘフリッヒ No.174 (ショット版からポケットスコア化したもの)
⑤オイレンブルク No.738
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