日本フィル・第716回東京定期演奏会

今年最後の・・・という演奏会が続きますが、12月6日にサントリーホールで聴いた日本フィルの東京定期も今年最後の日フィル東京でした。と同時に、私にとっては今年最後のサントリーホールでもありました。
6日のコンサートの感想を今頃? と言われそうですが、実は翌日早朝の便で札幌に向かい、雪の札幌でマーラーに感激し、日曜日の夜遅く東京に戻ってきた次第。一夜明け、三日ぶりにパソコンに向かっています。

今から3日間の音楽体験をレポートしていきますが、先ずは順を追って日本フィル12月定期のプログラムから、

モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲
ルトスワフスキ/オーケストラのための書
     ~休憩~
R.シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」
 指揮/アレクサンダー・リープライヒ
 コントマスター/木野雅之
 ソロ・チェロ/辻本玲

12月定期に登場したドイツ人指揮者リープライヒは、今年3月に日フィル初登場を果たしたばかり。通常ならその際の評価が高く、次回を契約したとしても再登場は二年ほど後になるでしょう。それがいきなり、同じ年の内に二度目となったのは、もちろん最初から契約が成立していたから。これには裏話があったようで、リープライヒの初登場は、本来なら今回のプログラムが最初のはずだった由。ところが色々な事情から今年3月の登壇が後から決まったのだとか。それだけオーケストラ側からの要望が熱かった、ということでもありましょう。

3月に続いてポーランドを代表する作曲家ルトスワフスキが選ばれたのは、もちろんリープライヒが得意とし、マエストロがポーランド国立放送交響楽団の芸術監督を務めていたから、という理由もありましょうが、何と言っても今年がポーランドと日本の国交樹立100年に当たることが大きな理由と思われます。
日本とポーランドは日露戦争が縁となり、ポーランドは世界でも屈指の親日国家。もちろん政治の世界だけでなく音楽の分野でも深い繋がりがあり、戦後の早い時期、1963年2月には世界の名だたるオーケストラに交じってポーランド国立大交響楽団という名称のオーケストラが来日、東京だけでなく北海道から九州まで日本各地で公演していったことを思い出します。
当時はラジオでステレオ放送が開始されて日も浅く、私もFMを通してヤン・クレンツの指揮でモニューシコの序曲、ペンデレツキの広島、バチェヴィッツの弦楽作品などをラジオに齧りつくようにして聴いたものでした。

そのときにはルトスワフスキは未だ現代音楽の最前衛、彼らの来日時には取り上げられませんでしたが、その後に日本フィルが渡邉暁雄の指揮で今回も披露された「書」を演奏したり、ルトスワフスキにも京都賞が授与されたりと、ポーランドの音楽は我々にとっても常に近しい存在であり続けました。
そのルトスワフスキを3月と12月、二度に亘って紹介してくれたリープライヒを、先ずは讃えましょう。

この指揮者については初登場の時に詳しく紹介しました。前回はロッシーニの序曲で衝撃的にデビューしたのですが、12月もモーツァルトのドラマティックなニ短調で客席の度肝を抜きます。
エリック・パケラ奏するバロック・ティンパニが空気を引き裂き、しなやかなアレグロへと続きます。序曲はそのままオペラに突入するオリジナルではなく、演奏会用に終結部が書き加えられたヴァージョン。プログラムには明記されていませんが、いわゆるアンドレ版なのでしょうか。少なくともブゾーニが大幅に加筆された版ではありませんでした。

序曲が終わり、大幅に舞台設定を広げて期待のルトスワフスキが始まります。曲目解説(広瀬大介氏)によれば、この作品はルトスワフスキの様々な音楽的実験のうち最も成功した「コントロールされた偶然性音楽」の手法を用いており、全体は四つの「チャプター」から成る。もちろんチャプターとは「書」Livre 故であって、各章の終わりには「休止」Intermede が挟まれます。
これは読書の中休み、とでも言える時間で、ここは僅かな楽器のアド・リブ。聴き手はここで体勢を整えたり、咳をしても良い、と作曲者自らスコアの序文に記しています。

もう少し具体的に触れると、第1章は8群に分かれた弦楽器のグリッサンドから始まります。最初の休憩は3本のクラリネットによるアド・リブで25秒。もちろんスコアに秒数が明示されているのです。
第2章は弦5部の弱音ピチカートで始まり、2回目の休止が2本のクラリネットとハープで同じく25秒。第3章も冒頭と同じように弦のグリッサンドで開始されますが、弦楽器は12群と更に分割が拡大しています。
ハープとピアノが3番目の休止の中心ですが、音楽はそのまま第4章に流れ込み、全曲の壮大なクライマックスへ。ここでは激しいリズムが炸裂し、小節ごとにリズムが替わる変拍子が加速していく緊張感。それも解き放たれ、最後は8人の第1ヴァイオリンと4人の第2ヴァイオリンだけが残って、ppp のフェルマータの中に消えていきます。スコアを見ていて面白いのは、通常なら練習番号が1から順に振られていくところですが、この作品は第1章が101ら始まって110まで、第2章も201からスタートして216までという具合。因みに最後の練習番号? は447になっていました。

ルトスワフスキの音楽は、緊張と弛緩のバランスが絶妙なのが特徴と言えましょうか。リープライヒはその辺りを完全に自家薬籠中のものとしていて、オケに対する指摘が明確で自信に満ちたもの。これに天性のしなやかさが加わって、ルトスワフスキは決して難解でもなく、小難しい理屈で凝り固まった音楽ではなくなってしまう。もしルトスワフスキ振り、というジャンルがあるなら、リープライヒこそ第一人者の一人と言えるでしょう。

後半のシュトラウスも、またリープライヒのキャリアの核を成している作曲家と言えそうです。彼はヴォルフガング・サヴァリッシュの後任としてミュンヘンのシュトラウス協会の会長を務め、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンのシュトラウス音楽祭の芸術監督でもあります。リープライヒの父方の曾祖母がユダヤ人ということもあり、シュトラウスの戦争中の行動については必ずしも賛同していないとのことですが、音楽は別。
今回の「英雄の生涯」でも作品の様々な部分に光を当て、普段は埋もれ勝ちな細部からもハッとするような響きを捉えていました。

コンサートマスター木野雅之も、ある知人曰く“あの年になっても未だ成長している”ほどの豊かなソロ。これは、第1プルトの裏に田野倉雅秋が控えていて、彼が事実上のコンマスを務めていたことも大きく利していたのじゃないでしょうか。プルト全体は田野倉氏に任せ、木野氏は思う存分パウリーネとしてリープライヒに寄り添った、ということかも。

リープライヒ3度目の登場はいつでしょうか。期待して待ちましょう。

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