札幌交響楽団・第625回定期演奏会

12月7日の土曜日、意を決して札幌まで遠征してきました。広上淳一がマーラーの第10交響曲を振る、という誘惑に抗うことが出来なかったからです。
当初札響の年間プログラムが発表された時から気に掛かってはいましたが、12月の札幌は間違いなく寒い。雪も多分積もっている、と躊躇っていましたが、広上の第10をミラノで聴いたという知人が「良かった」というのを聞いて、決意しましたね。一般ファン向けにチケットが発売開始された日に電話しましたが、札幌は二日間とも定期会員が多く、最高の席は完売状態。それでも、と思って比較的舞台に近い1階席をゲットしました。

でも早目の決断で良かったですよ。行きも帰りも飛行機は満席、チョッと遅ければチケットはあれど、交通手段に苦労するという事態でした。土日を跨いでの遠征は早目に手を打つことが肝心ですな。
心配していた雪も積もってはいたけれど、吹雪という荒れ方ではなく、土日とも時々陽が差すほど。さすがに演奏会が終わり、中島公園駅に戻ってきたころには雪がチラつき始め、夕餉を求めて薄野界隈をうろついている頃は横殴りの雪が吹き付けていました。あ~、寒かった。でも音楽は素晴らしかった。やはり遠征して大正解でしたね。

マーラー/交響曲第10番(クック版第3稿)
 指揮/広上淳一
 コンサートマスター/田島高宏

中島公園の雪景色を撮影しながら隣接のレストランで腹ごしらえ、開場時間少し前にキタラ入りすると、何とミラノでも聴いたという知人とバッタリ。やっぱり来たんですか、ということで時間は過ぎ、ロビーコンサートも楽しみます。珍しくフルートが第1ヴァイオリンのパートを担当するドヴォルザークの「アメリカ」から第1楽章。聴き慣れているアメリカとは少し趣が異なり、こういうのもありかな。
指定の席に着きましたが、何とも座り心地の良い座席に改めて感激しました。日本を代表する音響の優れた3大ホールと言えば、川崎のミューザ、名古屋の愛知県立芸術劇場大ホール、それにキタラの大ホールでしょう。
でも座席の座り心地という視点で選べば、キタラは間違いなく日本一。もちろん個人的な感想ですが、この椅子で聴くホールの響き、思わず知らず寝入ってしまう危険も孕んでいるのでした。

さてマーラーの10番、クック版の第3稿。マーラー第10と言えば、私が音楽を聴き始めた頃はアダージョのみが演奏されていました。稀にプルガトーリオと呼ばれる楽章(クック全曲版では第3楽章)を演奏する人もいて、それは確かクシェネック版と称されており、私はジョージ・セル指揮のLPで聴いたことがあります。
時代が経ち、全曲版が編纂されたという噂を聞いたのが1960年代。それは英国のデリック・クックという人がオーケストレーションし、譜面と試演のテープを当時未だ健在だったアルマ・マーラーが聴いてお墨付きを与えた、というニュース。アルマが生きている頃、第10交響曲の完成は禁句だったと聞いていますし、マーラーに関しては何事もアルマの許可がなければ先に進めない世の中でした。

更に時代は進み、遂に全曲版の録音が登場、スコアも出版されます。録音はサイモン・ラトル指揮のボーンマス響、スコアはA.M.P.社とフェイバー社が共同で1976年に出版。
そのころ日本には大手レコード販売店のタワーやHMVは上陸しておらず、私は個人輸入でLP盤を取り寄せたものでした。今は手元にありませんが、確か終楽章で強打される大型軍隊太鼓の衝撃が半端じゃないので、カートリッジが飛ばないように注意せよ、という脅し文句が書かれていましたっけ。恐る恐る針を通しましたが、その低音にニンマリした記憶もあります。ウーファーが揺れるのが見えたほど。

その直後にCDが開発され、ラトル盤のマーラー第10も直ぐにCD化。私も即座にCD派に転向して愛聴してきました。もちろん1976年版のスコアもゲットしましたが、現在は更に手を入れた第3稿(クックの死後、1989年に出版)も出ており、今回札響がオーケストラとして初演したのも第3稿です。
私は専ら今や第2稿と呼ばれる1976年版のスコアと、ラトル指揮のボーンマス盤が基準であり続けていますが、第2稿と第3稿の違いまでは分かりません。いずれ詳しい方にでも伺ってみましょう。

マーラーの交響曲第10番には、他にもカーペンター版、フィーラー版、マゼッティ版などがあって乱立状態。私は、バルシャイが読響で取り上げたバルシャイ版などというものも、ユニヴァーサルから出版されたスコアを手に入れて聴いたこともあります。いずれにしてもアルマが亡くなってから、マーラー研究は新たな道を歩み始めたのではないでしょうか。手元にあるクック版第2稿のスコアには、「アルマ・マリア・マーラーの想い出に」と書かれた献呈の辞も印刷されています。

さて、「友情客演指揮者」という風変わりな肩書を持つ広上淳一と札響の第10。私が聴いたのは定期二日目でしたが、正に入魂の名演。広上の師でもあるバーンスタインならかくや、と思われるほどに気合の入った演奏でした。
第1楽章こそ淡々とした歩みに感じられましたが、次第に興が乗り、最終楽章での、特に弦楽器群のクレッシェンドなど、清濁併せ呑むが如し。指揮台を踏みつける足音、気迫のこもる吐息など、よくこの指揮に付いていけるなぁ~という程のオーケストラの鋭敏な反応もあって、札幌遠征の疲れは完全に吹き飛んでしまいました。お陰で夜はぐっすり眠れましたよ。

あっという間の80分。演奏後のカーテンコールでは、今月一杯で退団される二人のプレーヤーに花束が贈呈されます。私は札響のメンバーに詳しくありませんが、一人は41年間バス・トロンボーンを担当された野口隆信氏。もう一人は4年9ヶ月ながらフルート副主席を務められた野津雄太氏。
野口氏については、配布されたプログラム誌にプロフィールを兼ねた「楽団員登場」というコーナーで紹介されていますし、野津氏は演奏会前、ロビーコンサートでドヴォルザークを吹かれていました。二人にも夫々のスポットが当てられ、定期会員諸氏からの温かい拍手を浴びていました。札響ではコンサート終了後、楽団員が「お見送り」してくれる光景も。ホールの熱気と外の寒さとが強烈な対比を演出してくれる、冬の札響定期でした。

これならまた来ようかな、札幌。

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