日本フィル・第353回横浜定期演奏会
2019年もこのフレーズがやって来ました。今年最後の演奏会。もちろん個人的な予定ですよ。12月の後半になると、オーケストラは第9一色になります。演奏会に通うようになって半世紀以上、正確には55年かな。行きたくても行けない時期もありましたが、何とか放送などで毎年のように第9は聴いてきました。
最近は態々「第9演奏会」と銘打ったコンサートは避けるようになりましたが、それでもベートーヴェン最後のシンフォニーを聴く機会は巡って来るもの。今年の場合は、定期会員になっている日本フィルの横浜定期がこれに当たりました。
J・C・バッハ/シンフォニア変ロ長調作品18-2
~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調作品125
指揮/広上淳一
ソプラノ/中村恵理
アルト(カウンターテナー)/藤木大地
テノール/吉田浩之
バリトン/大西宇宙
合唱/東京音楽大学
コンサートマスター/田野倉雅秋
ソロ・チェロ/菊地知也
日本フィルの横浜定期は、ここ暫くは第9と決まっています。歌手陣も余り変化は無かったと思いますが、今年はチョッと違っていましたね。特にアルトのパートをカウンターテナーが歌うというのが何とも珍しく、私としては初めてナマで接する注目の人。
注目と言えばバリトンも新顔で、最近よく名前を聞くようになった若手。宇宙と書いて「たかおき」と読むのだそうですが、実に押し出しの良いバリトンでした。何れにしても大地と宇宙が揃っているのですから、第9の壮大な世界を歌い上げるのにはこれ以上ない布陣でしょう。
クリスマス飾りだらけのみなとみらい、この定期は完売公演とあって開場を待つ列も長く、客席の雰囲気もいつもとは若干異なります。特に今年華やかに感じたのは、1階ホワイエに東京音楽大学からのフラワースタンドが置かれていたためでしょうか。東京音大って、今年が何かのアニヴァーサリーなのかな?
今回のオーケストラガイドは、11月に続いて奥田佳道氏。演奏前のプレトークも初めてという方も多いでしょう、氏の解説もいつもより親密に語り掛けておられるようでした。
ガイドは先ず、第9に先立って演奏されるクリスチャン・バッハの作品から。何故この曲か、というお話。日フィル企画制作部が作成したプログラム・ノートにも書かれていましたが、今年生誕100年を迎えた同オケの創立指揮者である渡邉暁雄と第1回定期演奏会の冒頭で演奏した記念の作品だったから、と紹介されます。もちろん作曲家が大バッハ(ヨハン・セバスチャン)の息子であること、当時は父親より有名で、「ロンドンのバッハ」として知られていたこと、8歳でロンドンを旅したモーツァルトに大きな影響を与えたことなどが話題となりました。
因みに日本フィルの第1回定期は日比谷公会堂が会場で、ロンドンのバッハに続いてはヴィヴァルディの四季から春、ガーシュインのピアノ協奏曲が伊達純のソロで演奏され、最後はシベリウスの交響曲第2番というプログラムでした。横浜定期では、来年1月に佐渡裕の指揮でシベリウスの第2が取り上げられますが、恐らくこの選曲も同じ意図だと思われます。
さらりとバッハに触れ、解説は第9へ。オーケストラガイドというサービスが始まってからずっと解説を担当されてきた奥田氏にとっても、今回は10回目の第9解説とのこと。ここで突然氏からのクリスマス・プレゼントがあり、指揮者・広上淳一氏がサプライズとして呼ばれました。
ここからはいつものガイドとは異なる展開。もちろん奥田氏の解説が盛り込まれますが、次第に話題は昔話、漫談の方向へと舵を切ります。ロンドンやウィーンでの下宿の想い出から、あれは何年前。お互いに歳をとったのは聞いている方も同じで、初めて第9を聴いたのはどのオケだったっけとか、一番驚いた第9はどれだっけとか、色々な妄想が浮かびます。
これがクラシック大好き人間の年末風景なんですね。
大事なことを二つ。一つはこの日、日本で年末に第9が演奏されるのが社会現象にまでなっていることに興味を持ったオランダの放送局が、終日密着取材していた由。オランダと言えば幕末に西洋事情を学んだ国であり、あれから150年で立場は逆転したのじゃないか。オランダでどのように紹介されるのか知りたいところですよね。
二つ目。広上氏が逆に奥田氏に、なぜ年末の第9が定着したのかとの問い。楽員のモチ代稼ぎ説はあくまで結果であって、ファクトはこういうこと。1918年にライプチヒでアルトゥール・ニキシュが年末に第9を演奏し、それを聴いた(知った)日本人が着目し、1940年にローゼンシュトックがN響で指揮した演奏会が初めて年末にラジオ放送されたのが切っ掛け、という重要なポイントが紹介されました。漫談をぼ~っと聞いていたのじゃダメで、やっぱりポイントは押さえておかないと。相変わらず面白く、ためになるオーケストラガイドでした。
(私が帰宅してから資料に当たったところ、1940年はベートーヴェンの生誕170年に当たっており、ローゼンシュトックとN響(当時は新交響楽団)は定期演奏会や地方公演を含めてベートーヴェンの全交響曲を演奏しています。第9は年末ではなく6月5日(定期)と6日(特別)で、年末の放送はどちらかの日の録音だったと思われます。ソリストは関種子、四家文子、木下保、徳山璉の各氏でした。合唱は東京高等音楽院合唱団と玉川学園合唱団)
前置きばかりになってしまいましたが、コンサートについては簡単に触れておきましょう。
クリスチャン・バッハのシンフォニアは、私にとっては懐かしいの一言。番組名は忘れましたが、私がクラシックを聴き始めたころのNHK音楽番組のテーマ音楽がこの曲の冒頭。使用された音源も判明していて、確かベイヌム指揮コンセルトヘボウのステレオ盤だったと思います。これが上記日フィル第1回定期と関連があったのかについては、今や闇の中でしょう。第2楽章のオーボエ・ソロにうっとり。
本命の第9。広上淳一の指揮は、何かが違うんですね。昔から演奏されてきたブライトコプフ版と思われますが、正攻法。第3楽章の有名なホルンは、スコアにある4番奏者ではなく1番奏者。楽器そのものが進化しているのですから、ここは敢えて楽譜に囚われることでもないでしょう。
ソリスト及び4人の特殊楽器プレイヤー(ピッコロと打楽器三人)が入場するのは、第2楽章と第3楽章の間。ここで遅れてきた聴衆一人も同じく入場してきたのは笑いました。さすがに第9。
演奏は、もう凄かった。やはり最後は涙もの。何しろ若手ソリストたち(もちろんヴェテランも)と合唱団が全力を出し切ってましたから、「大地は揺れ、宇宙が鳴動」した第9だったことを報告しておきましょう。
カーテンコールで客席から花束が渡されましたが、珍しい光景。広上氏が拍手を制しての解説。この日は広上氏を含む東京音大の45年ぶりだったかの同窓会があったそうで、どうしても花束を、という有志の希望だったそうな。やっぱり昔話に話が咲いちゃうな。
あ、明日(15日、サントリーホール)の同じメンバーによる特別演奏会もチケット完売だそうです。
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