ウィーン国立歌劇場公演「オルランド」
今シーズンのウィーン国立歌劇場公演で行われるプレミエ公演の一つ、シュターツ・オバー150周年記念公演で原作、作曲、脚本、演出、衣装の全てに女性が起用されることでも話題になっていたオルガ・ノイヴィルトの新作オペラ「オルランド」のライヴ・ストリーミングが始まりました。
12月8日が世界初演で、そのあと11・14・18・20日に上演され、放映されているのは18日の公演です。主なキャストは以下の通り。
オルランド/ケイト・リンジー Kate Lindsey
語り手/アンナ・クレメンティ Anna Clementi
守護天使/エリック・ジュレナス Eric Jurenas
女王/純潔/オルランドの子供の友人/コンスタンス・ハウマン Constance Hauman
サーシャ/貞節/アグネタ・アイヒェンホルツ Agneta Eichenholz
謙遜/マーガレット・プランマー Margaret Plummer
シェルマディン/グリーン/レイ・メルローズ Leigh Merlose
ドライデン/マーカス・ペルツ Marcus Pelz
アディソン/カルロス・オスナ Carlos Osuna
ポープ/クリスチャン・ミードル Christian Miedl
ハリー侯爵/ヴォルフガング・バンクル Wolfgang Bankl
オルランドの子供(ノン・バイナリー)/ジャスティン・ヴィヴィアン・ボンド Justin Vivian Bond
オルランドのガールフレンド/歌手/ケイティー・ラ・フォール Katie La Folle
ドラムセット・ソロ/ルーカス・ニグリ Lucas Niggli
エレキ・ギター/エドムンド・ケールドルファー Edmund Kohldorfer
指揮/マティアス・ピンチャー Matthias Pintscher
台本/キャサリン・フィルー、オルガ・ノイヴィルト Catherine Filloux, Olga Neuwirth
演出/ポーリー・グラハム Polly Graham
舞台装置/ロイ・スパーン Roy Spahn
映像/ウィル・デューク Will Duke
衣装/コム・デ・ギャルソン(川久保玲) Comme des Garcons
照明/ウルリッヒ・シュナイダー Ulrich Schneider
その他
企画が発表された当初は上記のように演出家が女性のカロリーナ・グルーバーの予定でしたが、10月16日に演出家がポーリー・グラハムに交替することが発表されました。ほぼ同時に語り手を務めるはずだったフィオナ・ショウ Fiona Shaw の降板も伝えられ、クレメンティに替っています。
急遽演出を担うことになったグラハムは、英国の若手演出家。2017年のインターナショナル・オペラ・アワーズで新人賞にノミネートされていた方で、英国ロングボロー・フェスティヴァル・オペラの芸術監督を務めているそうです。
台本は英語で、一部は作曲家自身も参加しています。作曲家ノイヴィルトは1968年にグラーツで生まれたオーストリアの作曲家で、8日の初演の翌日、オーストリア政府から科学・芸術名誉十字章勲一等を授与されたというニュースでも話題を集めていました。
ノイヴィルトの舞台作品は、「ベーラムズ・フェスト」(子羊の祭り)「ロスト・ハイウェイ」「追放者」「アメリカン・ルル」「クローイング!」に続く6作目と思われます。
イギリスの女流小説家ヴァージニア・ウルフの小説「オーランドー」(1928年)をオペラ化したもので、語り手が物語り、オルランドの回想録を代弁する形式。これを常に守護天使が見守るということで、オルランド、語り手、守護天使(カウンターテナー)の3人がオペラ全体の核を成しているようです。
「オルランド」のストーリーはファンタジーでもあり、時空を超えて主人公の遍歴を描くピカレスク風でもあります。様々なエピソードが唐突に繋がっていくコラージュとも言えましょうか。原作はジェンダーを直接的に扱った作品として著名で、映画化も成されているとのことです。
オペラとしては30分の休憩を挟み、前半と後半に分かれますが、後半は原作を離れ、更に時代を現代まで拡大したもの。上演時間は前半が1時間10分ほど、後半は1時間20分ほどで、合計2時間半ほどでした。
新作オペラですから、最初に主な荒筋を記しておきましょう。
主人公の青年オルランドは、エリザベス一世統治下のイギリスで生まれ、女王の寵愛を受けています。1598年には16歳という設定。女王の死後、イギリスを脱出してロシアへ行き、皇女サーシャと恋に落ちますが、ここでは1608年のロンドン大寒波が描かれます。ロシア皇女との失恋の結果、オルランドは最初の7日間の眠りに落ち、目覚めて詩作活動に入ります。当時の有名な詩人ニコラス・グリーンと交流しますが、詩集「樫の木」に興味を示してくれないので失望。遠い外国で大使になるよう要望します。しかし赴任地で暴動が起こり、気を失って第2の7日間の昏睡に陥ります。純潔・貞節・謙遜の3人の女性がオルランドを起こそうとしますが、合唱隊と9本の金管アンサンブルに追い払われてしまいます。オルランドが眠りから覚めると、何と女性に変わっており、女性としてイギリスに戻ります。1719年、ハリー侯爵のプロポーズを拒絶してその運命を呪われます。前半の最後は1896年のヴィクトリア朝。子供の虐待が続いた時代で、オルランドは歴史は男性が作るものと気付くところで幕となります。
原作ではオルランドはヴィクトリア時代に詩集「樫の木」で成功し、女性としての地位を築き、結婚・出産を経て女性として余生を送るというストーリー。小説「オーランドー」は1928年10月11日に詩集が完成するところで終わりますが、オペラ「オルランド」は更に時代が延長され、現代まで続いていきます。
休憩のあとは1914年の第一次世界大戦から始まり、2019年12月5日という具体的な日付までが舞台。オルランドの恋人として戦場写真家のシェルマディンが登場し、結婚した二人の間に子供が生まれますが、この子がノン・バイナリーであるという設定。様々な戦争や原爆もバックグラウンドとして描かれます。
後半は現代のカオスを描いているようで、1975年(3月8日の国際女性デー)、1985年、2000年と変遷し、様々な社会問題がテーマとなります。場面は次々と変わり、インターネット、ノートパソコン、電子書籍、携帯電話などの小道具も登場。スーパー・マーケット、仕事と金、アイデンティティー戦争などが扱われていきます。舞台上ではロック・バンドが演奏し、ノン・バイナリーの子供が歌う、凡そオペラとは思えないようなシーンが続きます。国民ファースト、大統領選挙のパロディ、地球環境問題ではグレタ・ツーンベリを模した子供たちも登場する辺りは政治風刺が含まれているのでしょう。「アイデンティティーは流動的で、自分も男から女に変わった」という主張がリーダーと対立します。
最後は「The Future」が映し出されて終わるのですが、“我々は夫々違っているが、持つべきものは人間らしさ” という台詞が結論でしょうか。
世界初演されたばかりの作品。私の感想も纏まりませんが、ここからは気が付いた点を箇条書き風に列記していきましょう。
あくまでも私の主観ですが、「オルランドは時の旅人」という台詞が全体を通してのキーワードで、後半、カオスの中で映像を通してオルランドが激しく語る言葉がノイヴィルト自身の主張でしょう。女性が常に不当に扱われてきたこと、今後もそうであろうと強く訴えます。
ノイヴィルトの音楽は電子音を用い、6枚の大型パネルに映像や動画を映し出し、録音された音響をふんだんに使うもの。そもそもチューニングの前から電子音のような音が会場に響いています。場面(時代)の転換はコマが回る映像で表現。この間にオーケストラだけで演奏される音楽が間奏曲の役割を果たします。楽器奏者が時に舞台に上がるのも特徴で、前半では金管奏者6人(ホルン3、トランペット3、トロンボーン2、チューバ)が並び、後半はロック・バンドが主役です。特殊打楽器が舞台上だけでなく、客席のバルコニーでも活躍。
夫々の時代の音楽らしきもの、クリスマス・キャロルやオッフェンバックの天国と地獄、さらにはバッハ(二つのヴァイオリンのための協奏曲)を含むメロディーなどが引用されているのも聴き取ることが出来るでしょう。
守護天使(カウンターテナー)・オルランド・オルランドの子供(ノン・バイナリー)による三重唱、オルランドの愛する者への告別のアリア、3人の主役であるオルランド・語り手・守護天使による二重唱と語り、登場人物全員が和すグランド・フィナーレなど、オペラにおける伝統的なナンバーもあります。
極めて登場人物の多いオペラで、複数の役が割り当てられている歌手も多数。聴く人、見るものは何某かの整理が必要かも。そんな中で思い当たったのが「3」という数字でした。
オルランド、語り手、守護天使が3人の主役であることは冒頭に紹介した通りで、守護天使がカウンター・テナーであることも意味があると思われます。
他に気が付いた「3」要素を列記すると、最初の眠りから目覚めさせようとする3人の医者。第2の眠りから目覚めさせようとするのが、純潔・貞節・謙遜の3女性。ヴィクトリア朝の詩人としてポープ、ドライデン、アディソンの3人が登場する。
3は過去・現在・未来の三幅対でもあり、モーツァルトが「魔笛」で暗示的に用いた数字もありますよね(3人の侍女、3人の童子、3つの門)。最後が2019年12月5日というのも暗示が含まれているのでしょうか。因みに、12月5日はモーツァルトの命日です。
前半と後半が対比的に描かれているのも台本作者フィルーと、作曲家ノイヴィルトの意図と思われます。前半で扱われる大寒波と、後半のテーマの一つである気候変動問題は明らかに一組として描かれているでしょう。舞台上の金管合奏とロックバンドは、前半と後半とで対を成しています。
前半で有名詩人として登場するニコラス・グリーンが、後半では(長生きし)成功した出版社として再登場するのも象徴的ですし、前半も後半もボーイ・ソプラノのソロが締め括ることに気が付かれる方も多いと思われます。このボーイ・ソプラノは天使の姿をしており、希望の象徴かも知れません。前半と後半がそっくりなシーンで終わるのは、明らかにストーリーの循環、歴史の繰り返しを意図していると観ました。
オペラの冒頭、吊るされた大きなサンドバッグを野球のバットのような棒で叩くシーンから始まりますが、その音をノイズとして電子的に増幅するのは作曲者自身の怒りの表現でしょうか。オペラの最後もまた棒の一撃で閉じられるのが衝撃的で、やはり前半と後半を対照的に捉え、時空を超えたオペラに統一感をもたらしていると聴きました。
出演者についても簡単に。
主役のオルランドを歌うリンジーは、アメリカ出身のメゾ・ソプラノ。今年のプロムスにも出演していました。歌はもちろん語りから演技までの多彩な才能、オルランドというヒーローでもヒロインでもない登場人物を作り上げた功績は大。
ナレーターのクレメンティは、イタリアの女優で歌手でもあります。極めて長く難解な台詞の語りがほとんどですが、後半のロックではオルランドの子供と友達のデュエットで二人に参加して歌も披露していました。
守護天使のジュレナスは、本来バリトン歌手としてスタートしたものの学生時代にカウンター・テナーに変更したという変わり種。シンシナティで学士号を取得した学者でもあります。
客席の反応は極めて好意的。ウィーンと言えば保守的なイメージですが、モーツァルトやプッチーニとは大きく異なる舞台作品にも熱烈な拍手・歓声が贈られていました。
最後にノイヴィルトがカーテンコールに登場すると盛大な拍手と歓声。この公演を見る限り、オペラは好意的に受け入れられたのだと思います。もちろん「オルランド」が将来もレパートリーに定着するか否かは「時の審判」に委ねられますが、何よりウィーン国立歌劇場で初演されたという意義は大きいと言えるでしょう。
日本のファンには、コム・デ・ギャルソンの衣裳がふんだんに見られるという楽しみもあって話題性十分。特に女性ファンには、ストーリーも含めて一見されることをお勧めします。
なお、日本語字幕が暫く表示されず、回復するのはオルランドが最初の眠りから覚める辺り。原作を全く知らずに見ると、内容を理解するのに手間取るのじゃないでしょうか。出来れば改善をお願いしたいところです。
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