東京籠城日記(4)

今日、4月11日に初演された作品の中に、ピアノ三重奏の名曲が二つあるのを見付けました。一つはベートーヴェンの大公トリオ、そしてもう一つがドヴォルザークのドゥムキー・トリオです。
大公は1814年にウィーンのホテルで、ドゥムキーは1890年にプラハで初演されたと一般の資料に書かれていました。もちろん公開での初演という意味で、室内楽の場合は公開演奏に先立ってリハーサルも行われていますし、試演などもあったはず。世の中に初めて響いたという意味での初演はそれ以前に行われているはずですが、本当のところは判りません。

大公トリオの初演はヴァイオリンがイグナーツ・シュパンツィク、チェロはヨーゼフ・リンケ、そしてピアノはベートーヴェン本人が弾きました。この頃ベートーヴェンは耳の疾患が悪化していて他のパートが良く聞こえず、やたらに大きな音でピアノを弾きまくったために演奏は上手く行かなかった、ということも音楽史の本に書かれています。これが、ベートーヴェンにとって公の場での最後の演奏だったとも。
シュパンツィクはご存知の通りベートーヴェンの6歳下の友人で、その弦楽四重奏曲のほとんどを初演したヴァイオリニスト。彼が結成したシュパンツィク・クァルテットが弦楽四重奏団の元祖と言われています。このクァルテットで1808年からチェロを弾いていたのがリンケ(1783-1837)。シュパンツィク/リンケ/ベートーヴェンのトリオは、大公トリオ以外にも同じくベートーヴェンの第5番と第6番も初演していますし、ベートーヴェンはリンケのためにチェロ・ソナタ第4番と第5番も作曲していますね。

ところで大公トリオ、現在はピアノ三重奏曲第7番変ロ長調と表記されますが、私が音楽を聴き始めた頃は第6番と呼ばれていた記憶があります。現在「街の歌」と呼ばれる第4番がヴァイオリンではなくクラリネットで演奏されることが多く「ピアノ三重奏曲」の通し番号から除外されていたためですが、第7番に替わったのは何時のことか、を調べるのも面白いのじゃないでしょうか。

一方ドゥムキー・トリオを初演したのは、ヴァイオリンがフェルディナンド・ラクナー、チェロはハヌシュ・ウィハン、そしてピアノはベートーヴェンと同じように作曲家本人が弾いたという共通点があります。ベートーヴェンもドヴォルザークも3人の中で最年長者でしたが、ドゥムキー・トリオに参加した二人は何れもドヴォルザークより一回り年下の演奏家たちでした。
ラクナーという人は音楽史上には殆ど登場してこないようですが、後にプラハ音楽院の教授を務めた方。この3人はドヴォルザークがニューヨーク・ナショナル音楽院の校長に招聘されて渡米することになった時、壮行会も兼ねてチェコ中を回る記念ツアーを開催したのだそうで、ドゥムキー・トリオも何度も演奏されたことでしょう。

初演でチェロを弾いたウィハンは、19世紀ボヘミア最高のチェリストと評された名手で、ドヴォルザークが後にあの有名なチェロ協奏曲を献呈したことでも名前を残しています。このウィハンに敬意を表して命名されたのが現在のウィハン・クァルテットで、秋までにコロナ騒動が収まれば、秋には彼らのベートーヴェン全曲演奏会が鶴見で聴けるはずです。
ウィハンは、これまた歴史に名を留めているボヘミア・クァルテットを創設した他、ワーグナーとも親しくバイロイト音楽祭でもチェロを弾いていたほど。今回ネットで検索していたら、ウィハン夫人がリヒャルト・シュトラウスと不倫関係になり、嫉妬深かったと言われているウィハンとシュトラウスの間がギクシャクしたことがあったという記事も見付けました。ドヴォルザーク、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスと、ウィハンを巡る大作曲家たちという大河ドラマでも書けそうな事実に行き当たったのも外出自粛の効果でしょうか。

ということで大公とドゥムキーが1枚に収められたCDはないものかと探してみましたが、意外に無いのですね、この組み合わせ。ありそうでないもの、の一つでしょうか。少なくともNMLで配信されている音源には見当たりませんでしたが、世界は広いもので2種類のCDが存在することが判りました。
一つは BBC Music というレーベルから出ているライヴ録音で、ヴァイオリンがジェルジ・パウク、チェロにラルフ・キルシュバウム、ピアノがペーター・フランクルという演奏。ブックレットなども見ていないので、同じ演奏会でのライヴか否かまでは不明です。
もう一点が Praga Digitals というレーベルのカタログで見つけたプラハ・グァルネリ・トリオの演奏。SACDやLPにもなっていることから名演中の名演と評されている録音なのでしょう。これもライヴ音源のようです。

ライヴ音源があるということで、実際の演奏会で大公とドゥムキーが並ぶことは普通にあると思われます。この視点でネット検索をしてみると、上記プラハ・グァルネリ・トリオが2017年に来日した際、少なくとも6月14日に福岡シンフォニーホールで演奏していたことが判明しました。この時はハイドン(第25番ジプシー)、ドヴォルザーク、ベートーヴェンというプログラムです。
実際の演奏会で2曲が一緒に取り上げられることがあり、組み合わされた録音も存在するということで、プログラムやブックレットに解説を書かれる評論家としては、この2曲が76年の隔たりがあるものの同じ日に初演されたということに触れないわけにはいかないでしょうね。

今日は大公とドゥムキーを聴いてベートーヴェンとドヴォルザークのピアノ演奏、共演した演奏家の事績などに思いを馳せながら過ごす一日としましょう。残念ながら2曲が組み合わされた盤が手元にないので、夫々別のCDで。まぁ、ボザール・トリオの演奏、に落ち着くかな。

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