ウィーン国立歌劇場アーカイヴ(42)
5月のアーカイヴ配信も残り少なくなってきましたが、モーツァルト週間最大の目玉は「ドン・ジョヴァンニ」と言えるでしょう。実際この時期、本来ならウィーンはこのドン・ジョヴァンニと、「コジ・ファン・トゥッテ」のプレミエ公演(リッカルド・ムーティ指揮、キアラ・ムーティ演出)で沸いているはずでした。
コジのプレミエにはライブストリーミングの予定はありませんでしたが、「ドン・ジョヴァンニ」はアダム・フィッシャー指揮、カルロス・アルヴァレスのドン・ジョヴァンニとエルヴィン・シュロットのレポレルロ、ドンナ・アンナにはイリーナ・ルングーというキャストでストリーミングも予定されていたもの。それもあり、30日から始まったアーカイヴ配信は6月2日早朝までの3日間視聴することが可能です。
5月の「ドン・ジョヴァンニ」は22日、26日にも別公演が配信されていて、何と3種類もの舞台を見ることが出来ました。もちろん全て同じ演出で、スタッフをリストアップすると、
演出/ジャン=ルイ・マルティノティ Jean-Louis Martinoty
舞台/ハンス・シェイヴァーノッホ Hans Schavernoch
衣装/ヤン・タックス Yan Tax
照明/ファブリス・ケブール Fabrice Kebour
ということになります。歌手陣に付いては、22日配信のものは2018年1月20日の公演、26日の分は2017年1月29日、そして最後、現在配信中の舞台は2015年11月1日ということで、新しい順番に並んでいました。夫々のキャストも列記しておきましょう。
①5月22日配信
「ドン・ジョヴァンニ」(2018年1月20日公演)
ドン・ジョヴァンニ/ルドヴィック・テジエ Ludovic Tezier
レポレルロ/ルカ・ピサローニ Luca Pisaroni
ドンナ・アンナ/エカテリーナ・シウリーナ Ekaterina Siurina
ドンナ・エルヴィーラ/アネット・ダッシュ Annette Dasch
ドン・オッターヴィオ/シャホウ・ジンシュ Jinxu Xiahou
騎士長/ダン・パウル・ドゥミトレスクー Dan Paul Dumitrescu
ツェルリーナ/ヴァレンチナ・ナフォルニツァ Valentina Nafornita
マゼット/クレメンス・ウンターライナー Clemens Unterreiner
指揮/サーシャ・ゲッツェル Sascha Goetzel
②5月26日配信
「ドン・ジョヴァンニ」(2017年1月29日公演)
ドン・ジョヴァンニ/サイモン・キーンリーサイド Simon Keenlyside
レポレルロ/エルヴィン・シュロット Erwin Schrott
ドンナ・アンナ/イリーナ・ルングー Irina Lungu
ドンナ・エルヴィーラ/ドロテア・レッシュマン Dorothea Roschmann
ドン・オッターヴィオ/ベンジャミン・ブルンス Benjamin Bruns
騎士長/ソリン・コリバン Sorin Coliban
ツェルリーナ/イレアナ・トンカ Ileana Tonca
マゼット/マニュエル・ヴァルサー Manuel Walser
指揮/アダム・フィッシャー Adam Fischer
③5月30日配信
「ドン・ジョヴァンニ」(2015年11月1日公演)
ドン・ジョヴァンニ/マリウス・クヴィエチェン Mariusz Kwiecien
レポレルロ/エルヴィン・シュロット Erwin Schrott
ドンナ・アンナ/マリーナ・レベカ Marina Rebeka
ドンナ・エルヴィーラ/ユリアーネ・バンゼ Juliane Banse
ドン・オッターヴィオ/ベンジャミン・ブリュンス Benjamin Bruns
騎士長/ソリン・コリバン Sorin Coliban
ツェルリーナ/アンドレア・キャロル Andrea Carroll
マゼット/パク・ヨンミン Jongmin Park
指揮/アダム・フィッシャー Adam Fischer
3っつの公演を比較する前に演出に付いて触れると、演出家のマルティノティと舞台装置のシェイヴァーノッホは、既にアーカイヴ配信された「フィガロの結婚」でもコンビを組んでいました。
2016年に70歳で亡くなったマルティノティは、バリ・オペラ座の総監督を務めた方で、バロック・オペラの演出で有名。「モンテヴェルディからモーツァルトまで」という著作もあるそうです。
常に傾いている舞台は、いつも額縁のような木枠で囲まれており、絵画を意識させるもの。どの場面も一幅の泰西名画の構図を見ているようで、絵画を巧みに利用する手法は「フィガロの結婚」と共通するコンセプトであろうと思慮します。
常に舞台下手が高く、低い上手に向けて傾斜が付いているのですが、この坂状の舞台はドン・ジョヴァンニが地獄に転げ落ちていくことの象徴か、とも思われました。
二つの幕は何れも夜の場面から始まることもあって全体に舞台は暗いのですが、登場人物、特に女性たちは何度も衣装を変えて登場し、オペラを華やかに見せています。この衣装を受け持つヤン・タックスという方は映画やミュージカルでも高名な衣装デザイナーで、2014年には新国立劇場のパルジファルを担当していたとのこと。その時の舞台をご覧になった方は思い出されるのでは・・・。
最後の幕切れ、朝焼けの空に浮かび上がるのはドン・ジョヴァンニの銅像でしょうか?
それにしても「ドン・ジョヴァンニ」に付けられた音楽の素晴らしさ! アリアから二重唱、三重唱。そして第1幕フィナーレの7重唱と第2幕フィナーレの6重唱まで、何処を採っても退屈に聴こえるところは寸時もなく、正味2時間半はあっという間に過ぎてしまいました。
3種類の公演は夫々に素晴らしく、共通しているのはレポレルロ(シュロット)とドン・オッターヴィオ(ブリュンス)が2公演で歌っているのみ。あとはドン・ジョヴァンニから女性3役まで全て3人3用の役作りが楽しめましたね。
結論を言えば、その時に見ているキャストが最高の組み合わせ、ということでしょうか。好みは人夫々でしょうが、個人的には現在配信中のクヴィエチェンのドン・ジョヴァンニ、シュロットのレポレルロ、レベカのドン・アンナの3人が夫々のパートでは最も嵌っているな、と感服した次第。実際、カーテンコールでの客席の反応も凄まじかったし、3人の歓声に対する反応も各々のキャラクターが如実に出ていたと思いました。
このあと明日はモーツァルト週間の締めくくりとして「フィガロの結婚」が配信されますが、プログラムによれば2014年11月の舞台とのこと。であれば、これはアーカイヴ(9)で取り上げたものと同じ公演でしょう。従って、感想などはそちらを参照してください。
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