日本フィル・第723回東京定期演奏会

日本フィルの2020/21シーズンが開幕しました。首都圏は9月に入っても酷暑は収まらず、ツクツクホウシに背中を押されるように赤坂サントリーホールに向かいます。6月に演奏会が再開してから、個人的には3度目のサントリーホールと日本フィル。
日本フィルの9月と言えば、正指揮者・山田和樹が一味捻ったプログラムで出迎えてくれるのが定番。今回も自らプレトークを行ってその健在ぶりを示してくれました。プログラムは、

ガーシュウィン/アイ・ガット・リズム変奏曲
ミシェル・ルグラン/チェロ協奏曲(日本初演)
     ~休憩~
五十嵐琴未/櫻暁(おうぎょう) for Japan Philharmonic Orchestra(世界初演)
ラヴェル/バレエ音楽「マ・メール・ロワ」
 指揮/山田和樹
 ピアノ/沼沢淑音
 チェロ/横坂源
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 ゲスト・ソロ・チェロ/伊東裕

世界中がコロナ禍と戦っている今、当初予定されていたプログラムから大編成の作品(水野修考の第4交響曲が取り上げられるはずでした)は残念ながら外されましたが、山田和樹ならではの視点で見事な4曲プログラムが実現しました。途中に休憩が入るのも久し振りのことです。
自身が音楽監督を務めている東京混声合唱団が開発したという「歌えるマスク」着用で登場した山田、第一声は “帰ってきました! サントリーホールですよ” でしたね。ここで大きな拍手。

日本フィルは6月から7月にかけて行われた特別演奏会から有料(と言っても千円ですが)の配信をスタートさせていますから、定期初日の模様は三か月間、何時でも何処でも視聴できますので、プレトークの様子から見ることが出来ます。日本フィル東京の会員は、聴いてから見るか、見てから聴くか、という二重の楽しみが味わえるわけですナ。
9月定期は滅多に聴けない曲、これが世界初演だったり日本初演だったりする作品が大半ですから、こんなに有難いサーヴィスはないでしょう。ブログで演奏の隅々を紹介することもありません。確認したければネットに繋げれば良いんですからね。

ま、それでも今までの習慣で拙い感想を認めておきましょうか。

一見すると雑然と並べられたプログラムにも見えますが、実はラヴェルを軸に置いた選曲。その辺りはプログラム誌に小沼純一氏が簡潔に纏めたプログラム・ノートに書かれていますから、そちらをご覧ください。このプログラムも日本フィルのホームページからダウンロードできますので、実際に演奏会に出掛けるのと同じ条件になりましょう。
但し、当日はプログラムに日フィルの4人の指揮者と楽員からのメッセージが掲載されたパンフレットが挟まれており、これだけはサントリーホールに足を運んだファンだけの特典となります。

プレトークでも触れられていたように、冒頭のガーシュインは一種のピアノ協奏曲ですが、ピアノの位置は指揮者の前。続いて演奏されるルグランのチェロ協奏曲にもチェロとピアノのデュエットが活躍する箇所があることもあって、このような変則配置になっていました。
ミュージカルの挿入曲をテーマにしたアイ・ガット・リズム変奏曲をナマで聴ける機会はそう多くはなく、私も録音でこそ知っていましたが、恐らく初体験。第5変奏までありますが、冒頭のクラリネット・ソロなど、音符通りの音価(音の長さ)で吹かないように、という指示があるように如何にもガーシュインならでは。代表作ラプソディー・イン・ブルーの兄弟分と言った趣です。

ピアノの位置はそのままに、チェロの演奏台が運び込まれ、2台並べた譜面台も据えられて舞台はルグラン作品の日本初演に。プレトークでも紹介されていたように、譜面台が並んでいるのは楽譜を広げるため。横坂源は全曲弾きっ放し状態のため譜捲りする間が無く、これが解決策なのだそうな。これも配信映像で確認できます。
ミシェル・ルグランと言えば数々の映画音楽で知られていますが、もともとはパリ音楽院でナディア・ブーランジェに師事したれっきとしたクラシック音楽の作曲家でもあります。今回日本初演されたチェロ協奏曲は、80才台になってからの作品で、山田曰く、現代音楽の一歩手前のスタイル。映画音楽を期待しているファンにはやや手強く、バリバリのゲンダイオンガク・オタクには少し物足りないかな。

楽譜を見ていないので細かいことは判りませんが、全体は5楽章。私には少し長く感じられた第1・2楽章に続き、モダンな印象の短い第3楽章。ここから140小節にも及ぶチェロとピアノだけの二重奏(ソナタ1-2-3という部分だそうです)がカデンツァのように挟まれ、静かな第5楽章で淡々と締め括られる30分強の一品。
ルグラン晩年の作品にはもう1曲、ピアノ協奏曲もあって、この2曲がカップリングされたCDが出ていたと思いますので、いずれ聴いてみましょう。

拍手に応えて、横坂/沼沢のデュオによるアンコール。このプログラム、この二人ならアレでしょ。予想通りフォーレの「アプレ・レーヴ」(夢のあとに)が自粛期間中に傷ついた心を癒してくれました。

後半も初演作品から。プレトークで明かされていたように、合唱作品を中心に活動している若手女流作曲家・五十嵐琴未と合唱指揮者でもある山田との共同作品とも呼べる、この演奏会のための書き下ろし。タイトルの「櫻暁」もここで生まれた造語だそうで、ズバリ「夜明け」と「お花見」を合体させたようなイメージでしょうか。
ところで先日プロムスで初演されたアデスの新作もタイトルは「Dawn」(夜明け)でしたし、同じく今日プロムスで世界初演される別の作品にも夜明け前の何とか、という副題が付けられている由。コロナ明けの演奏会で初演される作品への作曲家・音楽家の思いは、みな「暁」に集約されるのでは、と感じた次第です。

櫻暁は高音のチェロ・ソロから始まり、全体的にチェロが活躍するピュアな感覚、5分ほどの短い作品。タイトルに態々日本フィルの名前を付しているように、清澄な響きが印象的な新曲でした。
演奏後、指揮者と楽員が客席の作曲家にエールを送ります。

そしてメイン、9月定期の主役でもあるラヴェルのバレエ音楽が演奏されます。マ・メール・ロワと言えば通常は5曲から成る組曲を聴くことが殆どですが、敢えてバレエ全曲を取り上げるのが如何にも山田流。そもそもマ・メール・ロワはピアノ連弾曲が最初で、続いてオーケストレーションを施した組曲が生まれ、バレエ音楽が最後に完成したという通常とは真逆のパターン。
プレトークで触れられていたように、ソーシャル・ディスタンスに配慮した小編成での演奏という制約を坂手に取った見事な解決と演奏が繰り広げられました。

弦楽器の人数は上から10-8-6-4-3。徹底的に絞ったメンバーだけに、この作品で頻繁に登場する弦楽器パートの分奏(ディヴィジ)が誠に効果的。
例えば「眠れる森の美女のパヴァーヌ」ではヴィオラが弾く弱音でのピチカート・アルペジオが生き生きと、それこそ一人一人、一音づつが聴き取れるほど印象的に響きます。また「美女と野獣の対話」ではハープのグリッサンドによって野獣コントラファゴットがヴァイオリン・ソロの王子に変身する様の鮮やかな描写。その王子が見れば扇谷コンマスであることに、思わず頬も緩みます。

山田マジックは更に続き、「パゴダの女王レドロネット」での弦楽分奏の極致。この場合の分奏は各プルトの表と裏が役割を代え、夫々のメンバーが踊るが如く中国風マーチを盛り上げる。そしてフィナーレ「妖精の庭」の息を呑むようなピアニシモ。
ラヴェルのオーケストレーションの見事さは、フィナーレに凝縮されていると言えるでしょうか。豪華なフォルティッシモの終結ではトランペットもシンバルも使われていませんが、ホールでのナマ体感ではこれら二つの輝かしい音色が鳴り渡っているような錯覚に陥ります。

終演後、楽員が引き揚げた後で山田マエストロ、扇谷コンマス、ハープの松井氏の3人が再度舞台に登場して喝采を浴びていましたが、この三角ラインがラヴェルの真髄を代表していました。

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