第388回鵠沼サロンコンサート

9月に再開した鵠沼サロンコンサート、前回の加藤知子・加藤洋之のデュオ・リサイタルに続き、10月例会はチェロの上森祥平リサイタルでした。この回も休憩無し、1時間程度の短縮版コンサート。感染症対策が厳重に守られての開催です。曲目は2曲だけ。

ブリテン/無伴奏チェロ組曲第1番作品72
J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調BWV1012
 チェロ/上森祥平(うわもり・しょうへい)

本来なら10月例会はチェコからミハル・カニュカを迎えるはずでした。カニュカを擁するブラジャーク・クァルテットは鶴見サルビアホールでベートーヴェン全曲演奏会を敢行し、それを期に古参メンバーが引退してクァルテットを解散する事になっていましたが、コロナ禍の為に叶わず、ベートーヴェン・ツィクルスも解散も来年に申し送りとなったやに聞いています。
ま、カニュカは未だ引退することはありませんが、今回は来日不能。そこで平井プロデューサーが知恵を絞ったのが、上森祥平の招聘というわけ。

上森は齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞した、と言えばそれだけで説明不要の名手。毎年夏に上野でバッハとブリテンの無伴奏チェロ組曲全曲演奏会を開いて絶賛を博している逸材。鵠沼招聘も快諾され、何ならバッハとブリテン全曲やっちゃいましょうか、と提言もあったそうですが、このご時世もあって二人の最も難解にして技術的にも難曲の2曲を並べることに決定したのだそうです。
ソーシャル・ディスタンスに配慮し、サロンの椅子もいつもより広めに設置。比較的早く鵠沼海岸に到着した私共は、最前列で聴くことになりました。もちろん演奏者とは安全な距離が保たれています。

チェロ1本だけのリサイタル。単純に考えれば、ナマ演奏でも録音や配信で聴いても大差ないのでは、と思われるでしょうが、さにあらず。これは持論ですが、演奏者が少なければ少ないほど、ナマと録音では違いが出ます。
その好例が、この日の上森リサイタルでした。眼前に見、楽器の振動を体で感ずる快感。二つほど紹介しましょうか。

先ずはブリテン。この組曲は作曲者がロシア(当時はソ連)の名手ロストロポーヴィチのために1964年11月から12月にかけて作曲し、翌年6月27日にオールドバラ音楽祭でロストロさんのチェロで初演された作品。楽譜にはブリテン自筆の「For Slava」(スラヴァはロストロポーヴィチの愛称)が印刷されています。6つの楽章を二つづつのグループに分け、各グループの前に Canto (歌)が置かれ、最後に4番目の Canto で閉じられる、全体では9つの部分に区分できる構造ですが、各部は短く、全体でも20分強。
この中の第3楽章、冒頭から数えて5番目に位置する Serenata という楽章は全編ピチカートで演奏されるのですが、至近距離で聴いていると、4本の弦が弾ける度に振動する様子が手に取るように観察できます。これ、やや小さなホールであっても実際に見ることはかなり難しいこと。録音はもちろん、ナマで聴いたとしても中々体験できる光景じゃありません。サロンならではでしよう。

そしてバッハ。全部で6楽章から成る作品ですが、素人の感想では冒頭のプレリュード、4曲目のサラバンド、最後のジーグなどが聴き所・見所と思い勝ち。今回の体験では、3曲目のクーラント、5曲目のガヴォットに思わず身を乗り出してしまいました。
というのは、演奏者はどうしても顔や手に汗をかく。その滴が楽器に落ちるのですが、特にこの二つの楽章では見ている間に楽器のボディーや指板が濡れていくのが判ります。当然ながら、クーラントとガヴォットの後で奏者はハンカチを取り出し、楽器と額の汗を拭って次の楽章に移る。それがプレリュードでもサラバンドでもなかったことに少なからず驚いたものでした。

そして何より、ブリテンにしてもバッハにしても、楽器の振動がサロンの床を伝い、椅子を昇って我が尾骶骨を震わせる。その尾骶骨から音楽の振動が身体全体を揺するのでした。
この体験、いくら録音技術が進歩し、再生機器にお金を掛けたとしても、決して「おうちでチェロ」というわけにはいきません。これは、何故か大オーケストラ、豊かな響きの大ホールでは体験できない感覚じゃないでしょうか。故に、前に書いたように「演奏者が少なければ少ないほど、ナマと録音では違いが出る」という持論に繋がるワケ。

短めのリサイタル、アンコールもありました。その前に挨拶があり、ブリテンは日本と同じ島国に育った英国の作曲家で、海辺の町に生活していた方。この組曲にも海に関するテーマがあったそうな。方やバッハは、日本語なら小川さん。二人とも水に関係があります、とのこと。
なるほど、そう来たか。ブリテンとバッハにそんな関連があるとは予想しませんでしたね。で、アンコールはバッハの代名詞でもある組曲第1番のプレリュード。揺れるが如く、震えるが如く、1本のチェロが作り出す別世界に遊ぶことが出来ました。

ということで耳も体も音楽シャワーを浴びたサロンコンサート。上森祥平/ブリテン・バッハ・シリーズ、続編も期待しちゃいましょう。

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