日本フィル・第625回東京定期演奏会

一昨日の東京シティフィルに続いて、昨日は日本フィルの定期を聴いてきました。いつものサントリーホール。昨日に続いて、というのは、どちらも演奏に使用する「版」が聴き所になっているから。

ところで各所で話題になっているように、今月から来月にかけて何故か各オーケストラがブルックナーの第8交響曲を取り上げます。ご存知のようにブルックナーの交響曲には様々な「エディション」があって、それを聴き比べるのも今シーズンの注目点に挙げられているようです。で、日本フィルは、

ブルックナー/交響曲第8番(ハース版)
 指揮/高関健
 コンサートマスター/木野雅之
 フォアシュピーラー/江口有香
 ソロ・チェロ/菊地知也

ということで、約20年振りに日本フィルの指揮台に立つ高関が選んだのは、ハース版。各版の特質などはここでは全部省略して、私が第8交響曲ではベストと考えているのがこのハース版です。今回高関の拘りの演奏に接し、この考えに確信を持つことができました。

マエストロは今回の演奏に際して改めてブルックナーの自筆譜や第1稿の譜面も参考にし、もちろんノヴァーク版も検証しながら自身の解釈を深めていったのだそうです。

単にハース版をそっくりそのまま演奏するのではなく、リハーサルに先立って「高関リスト」なるものを楽員に配布し、より適切と思われる音量指示やテンポ設定を徹底させた、という噂も伝わってきていました。

ハース版とノヴァーク版の違いについてはプログラムにも詳しく書かれていましたが、第8交響曲に関しては、音楽的に見てハース版が優れていると思いますがどうでしょうか。
レオポルド・ノヴァーク Leopold Nowak (1904-1991) が純粋な音楽学者だったのに対し、ローベルト・ハース Robert Haas (1886-1960) は音楽学者であると共に指揮者でもあったことが決定的な相違なのでしょう。あまり指摘する人はいないみたいですけど・・・。

さて本題。この定期の成功は、第一に版の選択であっただろうと考えます。

実は私がブルックナーの第8交響曲をナマで聴いた最初は、カラヤンとベルリン・フィルによる1966年の来日公演。確か5月2日のことで、この日は春の嵐が吹き荒れ、上野の駅から文化会館までの僅かな間でもずぶ濡れになったことを覚えています。
覚えているのはもちろん天気のことだけではなくて、その素晴らしい演奏と圧倒的な感銘。私のブルックナー体験の原点はここにあります。

このときカラヤンが取り上げたのが、紛れもないハース版による完全演奏。(世の中にはハース版と銘打ちながらもノヴァーク版との折衷であることが数多くあるのです)そしてカラヤンに教えを請うた日本人指揮者の一人が、今回の高関健であることは言うまでもありません。
マエストロ自身がプログラムで告白しています。“1977年に出会って以来、尊敬し続けてきた巨匠カラヤン氏のブルックナー演奏から大きな影響を受けていることも、率直にお伝えしたいと思います。” と。

この夜、演奏が第1楽章の展開部に入ったとき(第140小節)、私は突然44年前の嵐の夜を思い出しました。
ここでカラヤンは、それまで静かに振っていた腕を突然押え付けるように弦のトレモロを制し、音量を更に落とすよう激しく指示を出したのです。それに応えてシュピーラー(コンマス)が弦群の音をサッと pp に切り替えます。そこにホルンの絶妙なソロが登場する。

高関/日本フィルも、今回のブルックナーでは pp の美しさを強調していました。その集中力の高さを象徴するのがこの箇所だったと思います。

思えばあの時のカラヤンは58歳になったばかり。今指揮台に立つ高関は、多分55歳になったかならないかでしょう。ブルックナーは老指揮者の音楽のように考えられ勝ちですが、肉体的にも精神的にも充実のピークに差し掛かったこの年代での演奏こそがその集中力を最大限に発揮できる、というのが私の考えですね。
カラヤンと高関が重なったのはここだけではありません。

第2楽章の比較的ゆったりとしたテンポによるアプローチ。

第3楽章の頂点でオーケストラの全奏を受ける3台のハープの、弦も切れよ、と言わんばかりの fff がハッキリとホールに鳴り渡る場面。

第4楽章の展開部の終わりでテンポをジックリと溜め(ruhig)、再現部に突入するところで最初のテンポに戻すことによって、楽章の構成感を際立たせる手腕。

そして何より、最後の最後で前3楽章のテーマが同時に鳴らされる時の絶妙なオケ・バランス。ここで全ての主題が明瞭に聴き取れるようにすることは、ブルックナーを振る指揮者の最大の仕事と言えましょう。

事前に告知されていたように、この日は弦が対抗配置でコントラバスは左手奥、ハープは3台が並びます。ホルンとワーグナー・チューバは、いつもとは逆に舞台右手奥に位置していました。

通常の配置と異なることが、良い意味でオケに緊張をもたらしていましたし、各パートも全曲を通して緊張感を持続できた要因の一つでしょう。

ティンパニには久し振りに森茂が座っていたのも懐かしい驚き。第1ホルンに丸山勉、ワーグナー・チューバのトップに福川伸陽を据えるのも日本フィルの強みでしょうね。

第1トランペットにもアシスタントを置いて万全の態勢。先月のウォルトンで2番を吹いた「外人」トランペットは、クリストーフォリ首席の友人でイタリアのオケで吹いている由。オットーが引っ張ってきたんだそうです。

(話は違うけれど、9月に横浜でラザレフのオール・チャイコフスキーで叩いたティパニスト。後で確認したら、ミラノ・スカラ座で叩いていた人の由。奥様が日本人で、その里帰りに同行してミラノを振っちゃんだったとか。名前は知りませんし、知っていても言いませんよ。日本フィルさん、あのメッチャ上手いティンパニ、押さえてくれないかなぁ~)

二日目も聴きたいのが正直な気持ちですが、今日は今日でオペラの予定が入っています。秋は忙しくてかなわん。

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