ウィーン国立歌劇場公演「後宮からの逃走」(オンライン)

実験的にライブストリーミングが行われているウィーン国立歌劇場。今朝方、モーツァルトの「後宮からの逃走」が配信されたので視聴したところです。
国立歌劇場の告知では10月13日となっていましたが、どうやらそれは日本時間のことで、この収録は現地12日に行われたプレミエ公演の正に初日だったようです。キャストは、

太守セリム/クリスティアン・ニッケル Christian Nickel
コンスタンツェ/リゼット・オロペーサ Lisette Oropesa
コンスタンツェ(俳優)/エマヌエラ・フォン・フランケンベルグ Emenuela von Frankenberg
ブロンデ/レグラ・ミューレマン Regula Muhlemann
ブロンデ(俳優)/ステラ・ロバーツ Stella Roberts
オスミン/ゴラン・ジュリッチ Goran Juric
オスミン(俳優)/アンドレアス・グレッツィンガー Andreas Grotzinger
ベルモンテ/ダニエル・べーレ Daniel Behle
ベルモンテ(俳優)/クリスティアン・ナッテル Christian Natter
ペドリッロ/ミヒャエル・ローレンツ Michael Laurenz
ペドリッロ(俳優)/ルードヴィッヒ・ブロッホベルガー Ludwig Blochberger
指揮/アントネッロ・マナコルダ Antonello Manacorda
演出/ハンス・ノイエンフェルス Hans Neuenfels
舞台/クリスティアン・シュミット Christian Schmidt
衣装/ベッティーナ・メルツ Bettina Merz
照明/ステファン・ボリガー Stefan Bolliger

リストを一見すればお分かりのように、元々台詞役だけの太守セリムを除いては、全員が歌手と俳優の二人組で演じられます。当然ながらこれまで普通に見られてきた演出とは相当に違っていました。
この演出に対し賛否両論が起きることは当然ながら予想でき、この初日もどちらかと言えばブーイングが勝っていたように感じられます。

原作は3幕仕立てですが、この演出では第2幕の途中、コンスタンツェ最大の聴かせ所であるアリア「どんな拷問が私を待ち受けていようと」(第11番)が終わったところで幕が下り、休憩が入ります。従って2部構成。
歌手と俳優は単に歌と台詞を分担するだけでなく、同じ役の二人の間でも台詞が交わされ、二人で一人あることを寧ろ利用するように書き換えられていました。当然ながら普通の演出に比べて演奏時間も伸び、舞台の正味だけで3時間ほど掛かっていたでしょうか。(番組としては3時間半弱)

演出のノイエンフェルスは、1941年5月ドイツ生まれの演出家。この時点で79才。鬼才と呼ばれ、これまでもザルツブルク音楽祭のこうもり、バイロイト音楽祭のローエングリンなどで物議を醸してきました。後宮は1999年にテレビ用に演出したことがあるようですが、今回はもちろんウィーン国立歌劇場のための新演出と思われます。
怖いもの見たさで見始めましたが、予想通りの奇天烈さはあるものの、案外常識的かな、と拍子抜けするような箇所もありました。しかし全体とすれば音楽そのものの良さを引き出しているとは言えず、個人的にはブーイングを飛ばす組に賛同したい気持ちですね。

いくつか気の付いたところを挙げておくと、最初にオスミンが登場する場面では、生首などバラバラ死体らしきものを使ってオスミンの残酷さ、トルコが如何に野蛮であるかを強調して見せます。ここは×でしょうね。
休憩の後、第2幕のブロンデのアリア「Welche Wonne, welche Lust」、ペドリッロのアリア「Frisch zum Kampfe」、ペドリッロがオスミンを酔い潰らせるコミカルなデュエットまでは、ブロンデとペドリッロをニワトリの夫婦に見立て、8羽の雛(もちろん子役たち)を登場させてコミカルに演じさせる。この辺りは「魔笛」のパパゲーノとパパゲーナを遥かに先取りしているようにも見え、この後のシリアスな四重唱との対比を際立たせていることもあって、まぁまぁ~良しとしましょうか。

万事がこんな調子。歌手たちが見事に歌った後でもブーイングがあるのは、もちろん奇天烈演出に対するものでしょう。
最後は太守セリムの徳を称える合唱で賑々しく幕が下ろされるオペラですが、ノイエンフェルス演出ではセリムが拍手を制し、大演説。自分は皆のように歌えないが、楽屋で見つけた詩を朗読しよう、と言ってメーリケの詩を披露し、コンスタンツェに感謝を述べたところで照明が落とされる。間髪を入れず、客席から壮大なブーイング。

終了後のカーテンコール、やはりコンスタンツェのオロペーサに最も大きな歓声が掛かりましたが、最後に演出チームが現れると、歓声を打ち消すブーイングの大合唱が起きます。

ということで、興味ある方はウィーン国立歌劇場のホームページからアクセスして下さい。視聴期間が何時までかは不明です。
今回のコンマスはライナー・ホーネック、第1幕でセリムが登場する際に歌われる合唱(第5番)では合唱団の中から4人のメンバーが四重唱を歌う箇所がありますが、このメゾ・ソプラノが中村茉莉さんであることにも注目でしょう。芸大を出、目下ウィーンで研鑽中と承知しています。

字幕はこれまで通り日本語も選択できました。今回の演出の為に作成されたと思われる台詞も多いのですが、日本語もしっかり対応していましたから、現地スタッフの前向きな姿勢が確認できましょう。
例えばブロンデが、イギリス女性は簡単に奴隷にはならないことを宣言する箇所で偉大な英国女性の名前を挙げますが、並べられたのは“エリザベス女王、ナイチンゲール、ウインストン・チャーチル、ミス・マープル”。これを聞いてオスミンが、“おい、ウインストン・チャーチルは男だぞ” と応じます。このセリフも正確に日本語訳になっていました。ライブストリーミングも長い目で見、今後に期待しようじゃありませんか。

この舞台は、このあと16日、20日と予定されていて、ウィーン在住の方はマスク着用でスターツオーパーにお出かけ下さい。

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