ヴィグモア日誌(4)
日曜日に始まって土曜日に終わる7日間を一週間として纏めているヴィグモア日誌、第4週はピアニストの競演という印象でした。予定していた演奏会が海外渡航規制のためキャンセルされた回も複数あった週でもあります。
いつものように日を追って紹介していきましょう。
10月4日(日)は夜のコンサートのみ。日曜日と月曜日の二日間、巨匠サー・アンドラーシュ・シフ Sir Andras S chiff が連夜のコンサートを開いたことでも話題を集めました。シフと言えばバッハを思い浮かべますが、今回はバッハはヒューイットに任せて、シューマン、ヤナーチェク、ベートーヴェンに集中しています。
初日の日曜日は、ヤナーチェクとシューマンを交互に取り上げる会。曲間でヒューイットと同じように水を飲みながら、休憩無しで1時間45分。ヤナーチェクは草陰の小道にて(第1集)とピアノ・ソナタ変ホ長調「1905年10月1日」が、シューマンはダヴィッド同盟舞曲集作品6と幻想曲ハ長調作品17が演奏されました。
10月5日(月)のマチネは、やはりピアノでウェールズの腕達者、リル・ウイリアムス Llyr Williams がシューマン(蝶々作品2)、ブラームス(4つの小品作品119)、リスト(巡礼の年第2年~婚礼)、ショパン(マズルカイ短調作品59-1、マズルカ嬰ハ短調作品63-3、バラード第3番変イ長調作品47)を表情豊かに演奏しています。ブラームスは第2週のレプハートに続いて取り上げられていましたので聴き比べが面白いかも。アンコールはチャイコフスキーの四季から8月。
そして夜のコンサートは、サー・アンドラーシュ・シフによるベートーヴェン最後の3大ソナタを続けて。冒頭にスピーチがあり、予定にはなかったバッハの前奏曲とフーガホ長調BWV878を弾いてからベートーヴェンに移りました。終わってからの長い沈黙が印象的で、ベートーヴェンもバッハのように聴こえるというコメントも寄せられています。
10月6日(火)のマチネは、シューベルティアーデ。アイルランドのテノール、ロビン・トリッチュラー Robin Tritscler がグレアム・ジョンソン Graham Johnson のピアノ伴奏でシューベルトの歌曲18曲を次々と披露しました。
リサイタルは大きく3部で構成され、詩人によってシラーとシュルツェ、マイアーホーファーとマティスン、ゲーテに纏められています。詳しい曲名と曲順はヴィグモア・ホールの公式サイトをご覧ください。各曲の歌詞も参照することが出来ます。アンコールはもちろんシューベルトで、「すべての魔力にまさる恋」D682。
夜のコンサートは、7日と二日連続の登場でエリアス弦楽四重奏団 Elias String Quartet がベートーヴェンを纏めて演奏しています。この2回については別記事で紹介しました。
10月7日(水)のマチネは、クラリネットを堪能する会。ジュリアン・ブリス Julian Bliss のクラリネットとジェームス・ベイリュー James Baillieu のピアノによるデュオ・リサイタルで、前半がフランス作品(アンドレ・メッサジェの Solo de Concours とドビュッシーの第1ラプソディー)、後半はブラームス(4つの厳粛な歌作品121をジュリアン・ブリス自身の編曲で、とクラリネット・ソナタ第1番へ短調作品120-1)と、クラリネットの対照的な魅力を聴かせてくれました。
ブリスは4才から楽器を始め、ザビーネ・マイヤーに師事し、12才でプロに転向したという逸材。ブラームスの編曲は、A管とB管を取り換えながら吹きました。アンコールの前にスピーチがあり、自分もピアニストもイニシャルがブラームスと同じJBだと言って笑わせました。なるほどネ。で、アンコールはやはりブラームスで、低音のための5つの歌作品105から、第1曲「調べのように私を通り抜ける」を、これまた自身でクラリネットに編曲したもの。
夜はエリアス弦楽四重奏団の第2夜で、前述の通り。
10月8日(木)はマチネから大物登場という豪華版。今や世界一有名になったピアニスト、イゴール・レヴィット Igor Levit が9月16日に続いての出演で、レヴィットは二日前にグラモフォン・アワードで2020年度アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞したばかり。前回はオール・ベートーヴェンでしたが、この日はベートーヴェン(ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」)を挟んでブラームスの編曲ものを2曲。最初に演奏された11のコラール前奏曲作品122は、原曲のオルガンをブゾーニが編曲したもの。最後の4つの厳粛な歌作品121は、歌曲をレーガーが編曲したものです。
4つの厳粛な歌作品121は前日にクラリネット編曲版を聴いた他、第3週にエルヒェンブロイヒがチェロとピアノ版で演奏したものも聴きました。原曲では演奏されていないものの、3種類の編曲で楽しむという稀有な機会でもありましたね。
10月8日の夜は、当初ゲーリー・ホフマン Gary Hoffman のチェロとデイヴィッド・ゼーリグ David Selig のピアノによるデュオ・リサイタルが予定されていましたが、海外渡航制限のため延期。代役が立てられなかったとのことで、夜の部はありませんでした。
10月9日(金)のマチネは、イギリスのデュオ。ルイーズ・オルダー Louise Alder のソプラノと、ロジェ・ヴィニョールス Roger Vignoles のピアノでファニー・メンデルスゾーンの歌曲3曲とベルク(7つの初期の歌)による前半のドイツもの、ビゼー(3曲)、プーランク(2曲)、サティ(4曲)というフランスものが後半で歌われました。特にプーランクのコミック・オペラ「ティレジアスの乳房」の「Non, Monsieur mon mari」というアリアでは、バリトンのジュリアン・ヴァン・メラーツ Julien Van Mellaerts もチョッと参加、オルダーは簡単な衣装を着け、乳房(風船)を飛ばしたり髭を付けたりと、小芝居付きで客席を沸かせています。
リサイタルの最後にはサティの名作「私はあなたが大好き Je te veux」が歌われ、楽しいリサイタルを締め括りました。曲目が多いので、詳しくはホームページを。
夜はフランク・ペーター・ツィンマーマン Frank Peter Zimmermann のヴァイオリンとマーチン・ヘルムヒェン Martin Helmchen によるデュオ・リサイタルが予定されていましたが、海外渡航制限により延期。代役は無く、二晩続けての休演となってしまいました。
それでは、ということではありませんが、10月10日(土)は一日3回のコンサートが行われる大盤振る舞い。午前11時半、午後3時、夜7時半からの3回で、全てライブ配信され、アーカイブでも視聴することが出来ます。
別に休演があったからということではなく、BBCが企画していたBBC新世代アーティスト・シリーズの一環で、土・日・月の3日間で6つのコンサートが開かれるもの。その第一弾が11時半開演の会で、エマ・ニコロヴスカ Ema Nikolovska のメゾ・ソプラノと、ジョナサン・ウェアー Jonathan Ware のピアノによるデュオ・リサイタル。途中で若きヴィオラの天才、ティモシー・リドウト Timothy Ridout (今井信子の弟子です)も加わる特別なコンサートでもありました。
スピーチと歌を組み合わせていく試みという画期的な企画で、例えばシューベルトの大地への別れD829は、ピアノ伴奏で詩が朗読される作品。滅多に聴けない一品でしょう。それはヴィオラが加わるブラームス(アルトのための2つの歌作品91)も同じで、ブラームスにこんな素晴らしい歌曲があり、それを知らずにいたのは驚きです。マケドニア生まれのニコロヴスカは英語、ドイツ語、フィンランド語(サーリアホの Du gick, flog)、ポーランド語(プーランクの8つのポーランドの歌)、ロシア語(ショスタコーヴィチの「風刺」作品109「過去の絵」)を苦も無く使いこなす才女で、その表現力には舌を巻きました。
3時からは、アメリカのピアニストで両親は中国と台湾というエリック・ルー Eric Lu のピアノ・リサイタル。17才でショパン・コンクール入賞、20才でリーズ国際ピアノ・コンクールに優勝した若手で、もちろん新世代アーティスト・シリーズの第2弾です。シューベルトのアレグレットハ短調D915と、ピアノ・ソナタ第20番イ長調D959が続けて演奏され、アンコールはシューマンの子供の情景から「眠っている子供」と「詩人は語る」。ユーチューブのコメントでは、背凭れが付いた椅子が話題になっていました。
10月10日の最後は英国の名ピアニスト、レオン・マコーリー Leon McCawley のリサイタル。この人は若手ではなく、新世代アーティスト・シリーズではありません。曲目はシューベルト(ピアノ・ソナタ第13番イ長調D664)、ヤナーチェク(草陰の小道にて(第1集))、シューマン(クライスレリアーナ作品16)の3曲で、特にヤナーチェクは週の初めにシフが弾いたのと重なりますから、二人の聴き比べも興味があります。
またマコーリーはベートーヴェン・ピアノ・コンクールで優勝し、リーズ国際ピアノ・コンクールで2位になっていますから、同じリーズで年代は違うとは言いながら優勝したエリック・ルーとの比較も楽しいでしょう。
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