ヴィグモア日誌(6)

ヨーロッパではコロナ第2波が拡大、海外渡航規制が緩和される見込みも立たないようで、ヴィグモア・ホールもコンサートの数が減っています。第6週にBBC3とコラボレーションしている名物のランチタイム・コンサートが開催されたのは、10月19日だけ。以下、例によってダイアリー風に振り返っていきましょう。

先ず10月18日(日)は、本来なら今年のプロムス・ラスト・ナイトに出演したゴルダ・シュルツ Golda Schultz が出演する予定でしたが、同じソプラノのグェネス・アン・ランド Gweneth Ann Rand とサイモン・レッパー Simon Lepper のピアノによるデュオ・リサイタルに変更されました。演奏されたのはメシアン/ハラウィただ1曲という誠にスッキリしたプログラムです。
ハラウィは12曲から成る歌曲集で、第二次世界大戦終結の直後に作曲された、ペルーに伝わるインカ帝国の悲恋物語。トゥーランガリラ交響曲作曲の直後に完成しており、今年が初演されてから丁度75年となる記念の年。
ソプラノのランド、ピアノのレッパーも共に英国人で、このコンビは去年のオックスフォード・リーダー・フェスティヴァルで演奏し、評判になっていたものでした。今回も作品の魅力を余すところなく伝えた名演と言って良いでしょう。

10月19日(月)は久し振りにマチネと夜の公演と2回あり、マチネはバス・バリトンのアシュリー・リッチズ Ashley Riches とショルト・カイノック Sholto Kynoch のピアノによるデュオ。これまたイギリスの演奏家たちで、リッチズはキングズ・カレッジ合唱団で歌っていた経歴があり、2016年から2018年までBBC新世代アーチストに選ばれていました。プロムス出演の経歴もあります。
プログラムはドヴォルザーク(ジプシーの歌作品55)、プーランク(村人の歌)、ラヴェル(民謡集)、そして珍しいアイヴスの歌曲5曲で、特にアイヴスの破天荒な歌曲が客席を大いに沸かせていました。アンコールもアイヴスの The Light that is felt 。
そして夜のコンサートは、リル・ウイリアムズ Llyr Williams のピアノ・リサイタル。ウェールズのピアニスト、ウイリアムズは10月5日のマチネに続く登場となりました。本来はフランチェスコ・ピエモンテージのリサイタルが予定されていた回でしたが、延期されたために急遽ウイリアムズが代演を引き受けた回でもあります。
演奏されたのは3曲。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101、プロコフィエフの「つかの間の幻影」作品22から11曲、ムソルグスキーの「展覧会の絵」。ムソルグスキーはいわゆる原典版ではなく、ラヴェル編曲版に沿った演奏でした。アンコールはチャイコフスキーの四季から舟歌(6月)。

10月20日(火)からは再び一日1回のペースに戻り、夜のハープシコード・リサイタルのみ。1984年にテヘランで生まれたイラン系アメリカ人のハープシコード奏者、マハン・エスファハニ Mahan Esfahani がオール・バッハ・プログラムを披露しました。エスファハニの師匠は、有名なズザーナ・ルイジチコヴァ。2008年から2010年まで、ハープシコード奏者としては初めてBBC新世代アーチストに選ばれており、王子ホールでもリサイタルを開いていましたから、その演奏を楽しまれた方も多いでしょう。ヴィグモア・ホールには2009年にデビューし、バッハ作品の全曲連続演奏会を開催中です。
今回のプログラムはフランス組曲を中心にし、その第2・3・4番が取り上げられました。間に前奏曲イ短調BWV922、フーガロ短調BWV951、組曲イ長調BWV819aを組み込み、ユーモアを交えた解説を挟みながらの演奏。特に第4番ではバッハ作ではない前奏曲を付けてスペシャルな形で紹介してくれました。

10月21日(水)は、イギリスのテノール、アラン・クレイトン Allan Clayton とジェームス・ベイリュー James Baillieu の二人によるデュオと発表されていましたが、追加でメゾ・ソプラノのステファニー・ウェイク=エドワーズ Stephanie Wake-Edwards の名前も加わり、予定されていたプログラムも一部変更されています。
演奏曲目の詳細はヴィグモア・ホールの公式ウェブサイトで確認していただくこととして、主旨は英国教会の司祭でもあった詩人ジョン・ダン (1572-1631)とブリテンとの繋がりを取り上げるリサイタル。プログラムの最後に演奏された9曲から成るブリテンの歌曲集「ジョン・ダンの神聖なソネット」作品35こそがメインでしたが、それに先立ってパーセルと同時代の作曲家3人がダンの詩につけた歌曲をブリテンが現代用に編纂したものが4曲紹介されています。その後に歌われた現代の作曲家・プリオー・ライニエ Priaulx Rainier(1903-1986)の「Cycle of Declamation」という作品は無伴奏歌曲集で、テノール一人が歌うという珍しい光景を味わうことが出来ます。
テノール・ソロの後に登場した特別ゲスト、ウェイク=エドワーズもロンドン生まれのメゾで、ロイヤル・オペラやグラインドボーンとも契約している若手。これがヴィグモア・ホール・デビューとのことで、彼女の歌は3曲、ブラームス(8つの歌曲作品57~第8曲「動かぬなまぬるい空気」)、マーラー(亡き子を偲ぶ歌~なぜそんなに暗い眼差しか、今にしてよくわかる)、フランク・ブリッジ(旅の終わり)でした。
タップリとその美声を披露してくれたクレイトンは、2007年から2009年までBBC新世代アーチストに選ばれており、今年のプロムス・ライヴでブリテンの夜想曲を歌っていたので、その実力を知っているファンも多いでしょう。また、ピアノのベイリューは10月7日のマチネでクラリネットのジェームス・ブリスと共演したピアニストで、イニシャルがブラームスと同じJ・Bであることを記憶されているかも。アンコールは、3人がグリーンスリーヴスをブリテンの編曲で。

10月22日(木)の夜もピアノ・リサイタル。イギリスのヨークシャー生まれ、ジョナサン・プロウライト Jonathan Plowright が登場し、得意のブラームスを弾いて客席を沸かせました。プロウライトは1985年にヴィグモア・ホールで英国デビューを果たしたピアニストで、BISにブラームス全集の録音があります。ヴィグモア・ホールではブラームス・プラスというリサイタル・シリーズを続けていて、これが最終回だったと思われます。
最終回のプログラムは、ブラームスのピアノ・ソナタ第3番へ短調作品5、3つの間奏曲作品117、スケルツォ変ホ短調作品4というもの。プラスに選ばれた作曲家はショパンで、スケルツォ第2番変ロ短調作品31が第3ソナタの次に演奏されています。
アンコールはパデレフスキのレジェンド第1番変イ長調作品16-1。

10月23日(金)は、第6週では唯一の弦楽四重奏のコンサート。ヴィグモア・ホールでは常連のドーリック弦楽四重奏団 Doric String Quartet が、モーツァルト(弦楽四重奏曲第22番変ロ長調K589「プロシア王」)、メンデルスゾーン(弦楽四重奏曲第4番ホ短調作品44-2)、ハイドン(弦楽四重奏曲ロ短調作品33-1)の3曲を取り上げました。
ドーリックは1998年結成のイギリスの団体。2008年、第6回大阪国際室内楽コンクールで優勝し、去年鶴見のサルビアホールが企画した大阪国際室内楽コンクール優勝・入賞者シリーズに登場した時に、私も実際に彼らの生演奏を聴いています。その時はモーツァルト、バルトーク、メンデルスゾーンというプログラムでしたが、ヴィグモア・ホールで度々演奏しているハイドンが極めて斬新な演奏で感心しました。
アンコールはモーツァルトの弦楽四重奏曲第21番ニ長調K575から第2楽章アンダンテ。

最後は10月24日(土)の夜、ヴァイオリンのジェニファー・パイク Jennifer Pike と、ピアノのマーチン・ロスコー Martin Roscoe によるデュオ・リサイタルです。パイクは、2002年にBBCヤング・ミュージシャン・オブ・ザ・イヤーに選出された英国のヴァイオリニストで、今年、大英帝国勲章(MBE)を受賞したばかり。ヴィグモア・ホールには2005年11月に15才でリサイタル・デビューしました。ポーランド音楽とは特に繋がりが深く、このリサイタルでは冒頭にペンデレツキの無伴奏ヴァイオリンのためのカプリッチョを弾きました。この曲の世界初演は五嶋みどりが弾いていますが、2017年にパイクがヴィグモア・ホールで英国初演した因縁の作品でもあります。今回はその再演。続いてロスコーを迎えてモーツァルト(ヴァイオリン・ソナタト長調K301)とクライスラー(ブニャーニの様式による前奏曲とアレグロ)が演奏されます。
後半はロスコーのソロによるショパンの舟歌嬰へ長調作品60でスタート。ロスコーは、9月17日のマチネでもタイ・マレイ(ヴァイオリン)と共演していた英国のヴェテラン・ヴィルトゥオーゾ奏者。再びパイクが登場し、ドビュッシー(ヴァイオリン・ソナタト短調)とミクロシュ・ロージャ(ハンガリー農民の歌による変奏曲作品4)でリサイタルが締め括られました。アンコールは、ガーシュインのポーギーとベスから It Ain’t Necessary So (そんなことはどうでもいいさ)をハイフェッツが編曲した版で。

なお、9月15日のマチネーで技術的な問題が生じてストリーミングは中止になっていたヒース・クァルテット Heath Quartet のコンサートが、漸く今週になって配信されています。曲目はバッハのフーガの技法からコントラプンクトゥス第1・5・9・14番の4楽章と、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3」作品59-3の2曲。バッハの最後は絶筆となったところまでの演奏でした。
2002年、王立北部音楽大学で結成された団体で、ティペットの全曲録音で知られています。今シーズンはベートーヴェン全曲に挑む予定とか。ヴァイオリンがオリヴァー・ヒース Oliver Heath とサラ・ウォルステンホルム Sara Wolstenholme 、ヴィオラはゲーリー・ポムロイ Gary Pomeroy 、チェロにクリストファー・マレー Christopher Murray の4人で、もちろん団名はファーストの名前から。チェロ以外は立奏するクァルテットです。

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