ヴィグモア日誌(3)
ヴィグモア・ホールの秋シーズン、3週目は様々な楽器による多様なプログラムが目立つ1週間でした。日を追って演奏者と曲目を概観していきましょう。
9月27日(日)は夜のコンサートのみ。この日はカプソン兄弟とフランク・ブラレイが出演する予定でしたが、渡航制限のため延期となり、チェロのレオナルト・エルシェンブロイヒ Leonard Elschenbroich とアレクセイ・グリニュク Alexei Grynyuk のピアノによるデュオ・リサイタルに替わりました。
ベートーヴェンとブラームス、二人の若い頃(または円熟期の)の作品と晩年の傑作を並べたプログラム。ベートーヴェン(第1ソナタ)で始まり、ブラームスの4つの厳粛な歌作品121(チェロとピアノ版)、再びベートーヴェン(第4ソナタ)が演奏され、ブラームス(第1ソナタ)で締め括られています。チェロのエルシェンブロイヒはフランクフルト生まれでロンドンで学んでおり、ピアノのグリニュクはキエフ生まれ。このコンビで来日もしていました。
9月28日(月)のマチネはカルドゥッチ弦楽四重奏団 Carducci String Quartet で、これについては単独でレポートしています。
夜はアンジェラ・ヒューイット Angela Hewitt によるバッハ・クラヴィア作品全曲演奏会全12回シリーズの記念すべき最終回。フーガの技法一曲が演奏されました。
電子楽譜を使用。コップに入った水が3杯用意されていて、間に飲みながら演奏を続けます。バッハが筆を置いたところまで弾き、最後にオルガンのための18のコラール集から第18曲「われは汝の御座の前に進む」BWV668を弾いて全曲を終えました。演奏終了後の長い沈黙が印象的で、感動的な一夜。
9月29日(火)のマチネはアルビオン・クァルテット Albion Quartet 、夜も二度目の登場となるカスタリアン弦楽四重奏団 Castalian String Quartet と弦楽四重奏尽くしの一日。二つのコンサートは共に単独の記事を書きました。カスタリアンの回から天井からのカットが使われており、新鮮な映像が楽しめます。
9月30日(水)のマチネは大物登場。英国を代表する名テノールのイアン・ボストリッジ Ian Bostridge が、イモージェン・クーパー Imogen Cooper のピアノと組んでベートーヴェンとシューマンのリーダー・アーベントでファンを喜ばせています。ベートーヴェンは、あきらめWoO149、あこがれWoO134、やさしき愛WoO123、連作歌曲「遥かな恋人に寄す」作品98と続き、シューマンはリーダー・クライス作品39。アンコールにベートーヴェン/ゲーテの「ファウスト」より作品75-3が披露され、その美声が健在であることを証明してくれました。技量、歌唱力、全てに完璧。
夜のコンサートからは、冒頭に紹介した様々な楽器による多様なプログラムが続きます。9月30日の第一弾は、万華鏡から命名された室内楽を無上の喜びとする音楽家たちのアンサンブル・グループである「Kaleidoscope Chamber Collective」のコンサート。ピアニストのトム・ポスターが芸術監督を務め、ヴァイオリンのエレナ・ユリオステ共同ディレクターとなっている団体で、今回はその中から6人が登場。ピアノ四重奏によるシューベルト(アダージョとロンド・コンチェルタンテヘ長調D487)、グリンカ、ボロディン、ケート・ホイットリー Kate Whitley (1990-)のバスによる歌曲が3曲、弦楽四重奏でジョージ・ウォーカーの抒情詩が続き、再びバスが加わってのバーバー(ドーヴァー・ビーチ)。最後はコルンゴルトのピアノ五重奏曲ホ長調作品15が堂々と演奏されました。個々の演奏者名についてはヴィグモア・ホールのホームページを参照してください。
アンコールは、6人が勢揃いしてリチャード・ロジャース/「南太平洋」から Some Enchanted Evening 。芸術監督のトム・ポスターがアレンジした版での演奏です。
10月1日(木)のマチネは、ダニー・ドライヴァー Danny Driver のピアノ・リサイタル。カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(ソナタ嬰へ短調Wq52-4)で始め、リゲティ(エチュードから2曲)を挟んでシューマン(交響的練習曲作品13)で終わるプログラム。ドライヴァーは1977年、ロンドン生まれですが、母はイスラエル人でヘブライ語で育った由。ハイペリオンに録音が多数あり、2016年からロンドン王立音楽大学でピアノ教授を務めています。日本でも演奏会とマスタークラスを開いているそうですから、実際に教えを乞うた方もおられるでしょう。
夜のコンサートは室内楽グループ第2弾の「IMS Prussia Cove」によるコンサート。演奏曲は3曲で、ジョージ・ベンジャミン (1960-)のヴィオラ二重奏曲「ヴィオラ、ヴィオラ」、続いてメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番へ短調作品80が続き、最後はモーツァルトのピアノ四重奏曲第2番変ホ長調K493。
IMS とは International Musicians Seminar のことで、スティーヴン・イッサーリスが芸術監督を務めています。全ての国籍のミュージシャンを集めて室内楽セミナーを開催し、若い音楽家にチャンスを与えるのが主旨。9月上旬に行われたセミナーの成果を発表するコンサートで、この日は7人の音楽家が登場しました。ここでは演奏者名は省略します。日本のファンにとって注目したいのは冒頭のベンジャミンで、彼は藤倉大の先生。演奏されたヴィオラ二重奏曲も1997年に東京のオペラシティーで初演された作品ですから、御存知の方も多いことでしょう。
10月2日(金)のマチネは、エレナ・ユリオステ Elena Urioste のヴァイオリンとトム・ポスター Tom Poster のピアノによるデュオ・リサイタル。この二人、30日に登場したばかりの Kaleidoscope Chamber Collective の主催者たちで、二人は結婚したばかり。道理でコルンゴルトではファーストとピアノが頻りに眼を合わせていた訳だと納得しました。
このリサイタルではロックダウン・ハネムーンを経験した二人のための新作2曲(マーク・シンプソン Mark Simpson (1988-)とドナルド・グラント Donald Grant (1980-))の何れも公開初演と、クララ・シューマン(3つのロマンス作品22)、メシアン(主題と変奏)、グリーグ(ヴァイオリン・ソナタ第2番ト長調作品13)の全てハネムーンに因んだ作品が演奏されています。アンコールもヴィクター・ヤング(When I Fall In Love)ということで、熱い演奏をごちそうさま。
一方夜のコンサートはハードボイルドで、ロシア生まれのピアニスト、キリル・ゲルシュタイン Kirill Gerstein のリサイタル。先日もコンセルトヘボウでショスタコーヴィチを弾くのを聴いたばかりですが、コロナ明けに最も活躍している音楽家の一人でしょう。この日はドビュッシーの練習曲全曲とリストのピアノ・ソナタという硬派なプログラムで、ロックダウン中もオンライン・レッスンを実施していただけあって、各曲の演奏前にスピーチと作品解説も。特にリストの前、ベートーヴェン・イヤーなのに何故リストかについて語り、この作品はクラウディオ・アラウが(ベートーヴェンの)33番のソナタと呼んだと紹介したのには驚いてしまいました。
アンコールはアルメニアの作曲家コミタス Komitas (1869-1935) の小品(Shushiki of Vagarshapat)で、アルメニア舞曲だそうです。コミタスはドビュッシーと繋がるのだそうな。
最後は、夜のコンサートだけ行われた10月3日(土)。1964年に王立音楽院のメンバーによって設立された英国屈指の室内楽アンサンブルであるナッシュ・アンサンブル Nash Ensemble が登場。演奏曲目もブラームス(クラリネット五重奏曲ロ短調作品115)とドヴォルザーク(ピアノ五重奏曲第2番イ長調作品81)の名曲2本立てで、室内楽ファンを満足させています。
ナッシュ・アンサンブルは時代を経ながらメンバーが入れ替わっていて、この日はピアノがサイモン・クロフォード=フィリップス Simon Crawford-Phillips, クラリネットはリチャード・ホスフォード Richard Hosford, ヴァイオリンはステファニー・ゴンレー Stephanie Gonley と マイケル・グレヴィッチ Michael Gurevich, ヴィオラは ローレンス・パワー Lawrence Power, チェロが エイドリアン・ブレンデル Adrian Brendel という面々でした。
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