ヴィグモア日誌(2)

ヴィグモア・ホールの秋シーズン、2週目のハイライトです。

先ず9月20日(日)はジャズの夕べのみでしたから、これはパスしました。

9月21日(月)のマチネは、レオノーレ・ピアノ・トリオ Leonore Piano Trio がベートーヴェン(第1番)とブラームス(第3番)の2曲を奏でるという王道プログラム。ヴァイオリン/ベンジャミン・ナバロ Benjamin Nabarro 、チェロ/ジェンマ・ローズフィールド Gemma Rosefield 、ピアノ/ティム・ホートン Tim Horton の3人が名曲をタップリ聴かせ、アンコールはハイドンの第27番ハ長調からフィナーレ。
夜のコンサートはサクソフォーンのジェス・ギラム Jess Gillam とギターのミロシュ MILOS (本名はミロシュ・カラダグリシュ Milos Karadaglic)という異色の組み合わせが、ダウランドからピアソラまでの多彩なプログラムを披露してくれました。デュオの間にサクソフォン(全てソプラノ・サックスでした)のソロ(フィリップ・グラスとメレディス・モンク)と、ギター・ソロ(ダウランド、ヴィラ=ロボス、ファリャ、ハロルド・アーレン)を交えて聴き手を飽きさせません。中でもアーレンのオーヴァー・ザ・レインボウは武満徹の編曲とあって、日本のファンにもお勧めです。
イケメン・ギタリストのミロシュとサックス美女ギラムのコンビは、これから更なる飛躍が期待される二人、アンコールはホルヘ・カランドレリ Jorge Calandrelli (1939-) のソリチュード Solitude でした。

9月22日(火)のマチネはトランペットとピアノのデュオ・リサイタルという、これまた珍しい組み合わせ。二人とも25歳という若手で、ドイツのトランペット奏者ジーモン・ヘフェレ Simon Hoefele は2種類のトランペットを吹き分け、やはりドイツの美女エリザベス・ブラウス Elisabeth Brauss も母親がピアニストというサラブレッド。
ドイツの作曲家カール・ピルス Karl Pilss のトランペット・ソナタを冒頭に置き、ピアノ(リスト)とトランペットのソロを挟んでアルチュニアンのアリアとスケルツォで締めるプログラム。特にトランペット・ソロのためのジェフリー・ゴードン Geoffrey Gordon (1968-)が書いた He saith among the trumpets は世界初演でもありました。アンコールはリヒャルト・シュトラウスの歌曲「ばらの花環」作品36-1をトランペット編曲版で。
夜のコンサート、カスタリアン弦楽四重奏団については個別に紹介しました。

9月23日(水)。マチネの歌曲リサイタルは、英国のオペラ歌手エリザベス・ルウェリン Elizabeth Llewellyn と、歌曲の伴奏と室内楽を専門とするイギリスのピアニスト・サイモン・レッパー Simon Lepper の共演。ルウェリンは両親がジャマイカ人で、2019年にポーギーとベスでメトロポリタン・デビューを果たしています。
リヒャルト・シュトラウスとマーラーが歌われましたが、その間にコールリッジ=テイラーの6つの悲しき歌作品57が紹介されたのが話題。コールリッジ=テイラーはアメリカの(黒人の)マーラーと呼ばれる人で、その作品が聴ける稀有な機会となりました。アンコールもコールリッジ=テイラーの 5つの Fairy Ballads から Big Lady Moon 。
サッコーニ・クァルテットが登場した夜のコンサートも個別に紹介しています。

9月24日(木)もマチネと夜公演の2本立てで、先ずマチネは当初予定されていたセドリック・ティベルギアンが渡航制限のため来英できず延期となり、ジョアンナ・マグレガー Joanna MacGregor 女史のリサイタルに変更されたもの。マグレガーは1959年生まれ、イギリスの女性ピアニストで指揮者、作曲家でもあります。王立音楽アカデミーのピアノ部門のトップでロンドン大学の教授も務めていて、バッハ弾きとして有名。ジャズや即興演奏、本の執筆から社会問題にも熱心という才媛で、膨大な録音があります。
この日は得意のバッハ(フランス組曲第5番ト長調BWV816)で始め、ショパンのマズルカ作品30が前半。後半は彼女の別の一面を表に出し、ジャマイカの女性作曲家エレアノール・アルベルガ Eleanor Alberga (1949-)の作品とマグレガー自身がアレンジしたピアソラの5つのタンゴ・センセーション。アンコールも自身のアレンジで、ジャズの一品からほとんど即興演奏に徹していました。大喝采。
夜の部は、フランスが生んだチェロの名手ジャン=ギアン・ケラス Jean-Guihen Queyras のソロ・リサイタル。無伴奏チェロの作品が3曲演奏されました。トルコの作曲家アーメット・アドナン・サイグン Ahmet Adnan Saygun (1907-1991)の無伴奏チェロのためのパルティータ作品31 (1954)は珍しいレパートリーですが、ブリテン(チェロ組曲第3番作品87)とコダーイ(無伴奏チェロ・ソナタ作品8)は良く聴かれる名曲。
サイグンとブリテンは電子楽譜を使っていましたが、コダーイは暗譜。演奏前に作品に関して英語で解説し、その特殊な調弦法を実施て見せるところから始めます。一般の聴き手はもとより、プロとアマとに限らずチェロを弾かれる方には必見の回でしょう。

9月25日(金)のマチネは、英国のソプラノ・キャロライン・サンプソン Carolyn Sampson と、盲目のリューティスト・マシュー・ワズワース Mathew Wadsworth によるデュオ・リサイタル。前半は有名なグリーンスリーヴスを含むイギリスの民謡3曲からスタートし、英国ルネサンス期のダウランドとロバート・ジョンソンの歌曲が歌われました。ダウランドではリュート・ソロも1曲。
後半はパーセルの歌曲が4曲取り上げられましたが、間に珍しいローラ・スノーデン Laura Snowden という作曲家のリュート・ソロ曲も弾かれます。ワズワースは2種類のリュートを使い、前半では竿が曲がった小振りなリュートを、後半は竿の長い大型リュートを使い分けるのも見所。リュートという、実物には余り触れることの無い楽器を間近に観察できる映像にも注目です。サンプソンは全て暗譜、歌詞カードを時々見るだけ。ルネサンス期の歌では未だ吟遊詩人的な性格が残っているものの、パーセルになるとその偉大な芸術性が明らかになります。イギリスの歌の変遷を知る意味でも貴重なコンサートと言えるでしょう。アンコールはロバート・ジョンソンの Have you seen the bright lily grow? 。
打って変わって夜の部は、ハンガリー生まれ、リスト音楽院で学んだ若手ピアニストのダニエル・レプハート Daniel Lebhardt によるリサイタル。バッハ(パルティータ第6番ホ短調BWV830)、ブラームス(4つのピアノ小品作品119)、ベートーヴェン(ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調作品31-3「狩り」)というドイツ3大Bによる直球勝負で挑みました。アンコールはシューマンの子供のためのアルバム作品68から、第30番の「無題」。

そして第2週の最終日、9月26日は夜のコンサートだけ。カナダ生まれの世界的バス・バリトン、ヴィグモア・ホールには何度も登場しているジェラルド・フィンリー Gerald Finley のリサイタルが開かれました。ピアノは英国のヴェテラン、ジュリアス・ドレーク Julius Drake 。
前半はフォーレとデュパルクのフランス歌曲(いわゆるシャンソン)が歌われ、後半はバーバーとアイヴス、最後にハロルド・アーレンとコール・ポーターが歌われるアメリカ歌曲の夕べ。フランスものはともかく、やや珍しい部類に属するアメリカ歌曲が断然の聴き物でした。バーバーの作品10は新しい世界を見るような思いでしたし、アイヴスの型破りな歌の数々。特に最後から2番目の「Memories:a. Very Pleasant, b. Rather Sad we’re sitting in」は歌の中で口笛を吹いたり叫んだり、最後にはハミングも登場する異色作。最後の「1,2,3」のユーモアにSDで集まった限定的なファンたちは大喜び。三密などお構いなしのブラヴォ~が飛び交います。アンコールで歌われたコープランド(「アメリカの古い歌」歌曲集からチンガリン)で聴衆には更に火が点きましたが、二つ目のアンコールのフォーレの「夢のあとに」で漸く騒ぎも収まります。歌のファンのみならず、全ての音楽愛好家必聴のリサイタル。

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