ヴィグモア日誌(7)

10月25日(日)は、ソプラノのカタリーナ・コンラーディ Katharina Konradi と、ピアノのジョセフ・ミドルトン Joseph Middleton によるデュオ・リサイタル。コンラーディはキルギスタン生まれのソプラノで、母国語はロシア語とのこと。現在はハンブルグ国立オペラのメンバーで、リートも得意としています。一方、ミドルトンは英国のリード伴奏ピアニスト。
プログラムは余り歌われることのないファニー・メンデルスゾーンの6つの歌曲作品7で始まり、チャイコフスキーの4曲、何れもトルストイの詩に付けた佳曲が歌われます。続いてアメリカの女流作曲家ロリ・レイトマン Lori Laitman(1955-)の4曲から成る英語の歌曲集「The Imaginary Photo Album」が世界初演されました。中々印象的な作品で、第2曲「小さな青い鳩」は無伴奏で歌われる一種の子守歌。コンラーディのピュアな歌声が素晴らしい雰囲気を醸し出します。また第3曲はプロコフィエフの「ピーターと狼」を歌ったもので、その引用も出てきます。
後半は弟のメンデルスゾーンが書いた歌曲から4曲、リサイタルの最後はチャイコフスキーのフランス語による歌曲集、6つのメロディー作品65で締め括られました。アンコールもチャイコフスキーのセレナード作品63-6。

10月26日(月)は久し振りに一日2公演で、マチネは英国のヴァイオリニスト、クローエ・ハンスリップ Chloe Hanslip とダニー・ドライヴァー Danny Driver によるデュオ。ドライヴァーは10月1日のマチネでリサイタルを行っていましたから、この秋二度目の登場となります。ハンスリップはザハール・ブロンの弟子で、若い時に映画に出演したこともある由。
曲目はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調作品30-3と有名なフランクのヴァイオリン・ソナタイ長調の2曲プログラム。ベートーヴェンのソナタは、日本のプロ奏者たちの間で「ドラえもん・ソナタ」と呼ばれている一品ですね。何故かは出だしを聴いてみれば納得するはずです。アンコールは、ベネズエラ生まれでフランスで活動したレイナルド・アーン Reynaldo Hahn のクロリスに A Chloris 。

そして夜の部は、ロシアのピアニスト、パヴェル・コレスニコフ Pavel Kolesnikov のリサイタル。これは聴き物でした。コレスニコフは、ヴィグモア・ホールには2014年1月にデビューしており、ロンドンを拠点に活躍。去年6月にヤマハホールでもリサイタルを開いていますから、その圧倒的な才能に舌を巻いたファンも多いでしょう。
この日のプログラムは、コレスニコフによれば、テンペストがテーマのリサイタル。最初の5曲、スクリャービンとリストの組み合わせは続けて演奏し、続くシューベルト(6つの楽興の時D780)とスクリャービン(ピアノ・ソナタ第2番嬰ト短調作品19「幻想ソナタ」)も休みを置かず続けて。最後はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」で締め括られました。
演奏後、Critics’ Circle (批評家協会とでも訳すのか) 会長ガイ・リチャーズ氏から2019年度の若きアーティスト・ピアノ部門での表象が贈られ、授賞式に続いてショパンの「雨だれ前奏曲」がアンコールされます。

続いて10月27日(火)は、本来ならパヴェル・ハース・クァルテットの第1回が行われる筈でしたがコロナ第2波に見舞われているチェコからは海外に出ることが出来ず、ベン・ゴールドシャイダー Ben Goldscheider のホルン、ベンジャミン・ベイカー Benjamin Baker のヴァイオリン、トム・ポスター Tom Poster のピアノによるトリオに変更されました。ゴールドシャイダーはロンドン生まれのホルン奏者で、ラデク・バボラクに就いて学んだ若手、ベイカーはニュージーランド生まれのヴァイオリニスト。ポスターはヴィグモア日誌(3)で紹介したカレイドスコープ・チェンバー・コレクティヴの主催者で、新妻のエレナ・ユリオステとのデュオ・リサイタルでも登場していたピアニスト。そのユリオステは、この日チャッカリとピアノの譜捲りでも姿を見せていました。
演奏されたのはハイドン(ピアノ三重奏曲ハ長調HXV27)、シューマン(アダージョとアレグロ変イ長調作品70)、ブラームス(ホルン三重奏曲変ホ長調作品40)の3曲。ハイドンは、もちろんチェロ・パートをホルンに置き換えての演奏で、アレンジはゴールドシャイダー本人。シューマンはホルンとピアノの二重奏です。

10月28日(水)も本来ならパヴェル・ハース・クァルテットの第2回でしたが、フランチェスコ・ピエモンテージ Francesco Piemontesi のピアノ・リサイタルに替わりました。ピエモンテージはスイス出身のピアニストで、2007年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで3位。N響との共演やサントリーホールでのリサイタルも行っていた日本でもお馴染みの名手です。このリサイタルは、本来10月19日に予定されていたものでしたが、この日に延期されたもの。曲目はラッヘンマンのシューベルトの主題による5つの変奏曲、シューベルトの幻想ソナタト長調D894、リストのピアノ・ソナタロ短調の3曲。アンコールはリストの巡礼の年第1年スイスから第2曲「ワレンシュタット湖畔で」でした。

10月29日(木)は、予定通りグールド・ピアノ・トリオ Gould Piano Trio が登場。モーツァルトのピアノ三重奏曲第6番ト長調K564、珍しいレベッカ・クラーク Rebecca Clarke (1886-1979)のピアノ三重奏曲、最後に有名なラヴェルのピアノ三重奏曲イ短調が取り上げられました。トリオのメンバーは、ヴァイオリンがルーシー・グールド Lucy Gould 、チェロはリチャード・レスター Richard Lester 、ピアノにベンジャミン・フリス Bejamin Frith という3人。もちろん団名はヴァイオリニストの名前に由来するものでしょう。
ヴィグモア・ホールには初登場から28年という常連グループで、常に新しい作品を取り上げる方針とのこと。今回紹介されたレベッカ・クラークはイギリスの女流ヴィオラ奏者兼作曲家で、両大戦間の狭間の時期に活躍した方。作品の殆どは未出版ですが、ピアノ三重奏曲はブージー&ホークス社から出版され、 nkoda でも閲覧可能です。私もスコアを見ながらの鑑賞でした。

10月30日(金)も夜のコンサートのみ。この回も本来はクラロン・マクファデン(ソプラノ)とアレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)のデュオ・リサイタルでしたが、海外渡航規制のため延期。オーストラリアの若手ソプラノ、シボーン・スタッグ Siobhan Stagg と、テキサス生まれで現在はベルリンに住む主に歌曲の伴奏と室内楽奏者として活躍するピアニストジョナサン・ウェア Jonathan Ware のピアノによる歌曲リサイタルに変更されています。
曲目はアデラーイデを含むベートーヴェンが4曲、糸を紡ぐグレートヒェンD118と魔王D328を含むシューベルトも4曲、ドビュッシーの忘れられた小歌を挟み、R.シュトラウスの歌曲4曲が能われました。詳しい曲名はヴィグモア・ホールの公式ウェブサイトをご覧ください。アンコールはドビュッシーの「星の輝く夜」。

この週の最後、10月31日(土)はやっとランチタイム・コンサートが復活し、夜のコンサート共々英国を代表するチェリスト、スティーヴン・イッサーリス Steven Isserlis が主導する一日となりました。
先ずマチネは、コニー・シー Connie Shih をゲストに迎えてのチェロ・リサイタル。シーはカナダ出身の女流ピアニストで、イッサーリスとのコンビで2018年に王子ホールでリサイタルを開いていましたが、このマチネーはその時とほぼ同じプログラム。
冒頭で取り上げられたのは、26日のマチネでハンスリップがアンコールで紹介したレイナルド・アーン Reynaldo Hahn(1874-1947)のVariations chantantes 。珍しい作曲家の作品を2曲も聴ける稀有な週でもありました。続いてはサン=サーンスのチェロ・ソナタ第1番ハ短調作品32から第3楽章ロマンス。これもオリジナル版での演奏ということで、珍しい機会です。前半の締めくくりは、トーマス・アデスの見出された場所 Lieux retrouves 。4つの楽章から成る大曲・難曲で、二人が髪を振り乱しながら熱演を展開する様子、見ているだけでスリリングでした。客席の歓声に応え、来場していたトーマス・アデスの姿が映し出されるのが印象的。
後半はシャミナードの子供の夢、フォーレの子守歌作品16、フランクのチェロ・ソナタイ長調(ジュール・デルサール Jules Delsart がヴァイオリン・ソナタをチェロ用に編曲したもの)が続けて演奏されましたが、コニー・シーが何を勘違いしたかシャミナードでなくフランクを弾く初め、イッサーリスがストップを掛けるアクシデント。直ぐにそれをユーモラスに客席に語り掛ける辺り、イッサーリスの人柄と器の大きさを感じさせてくれました。最後にフランクの大熱演、これまた26日のマチネでハンスリップがオリジナルのヴァイオリン・ソナタを演奏したばかりですから、興味深い聴き比べとなりました。アンコールは極めて短く、かつ珍しいもので、アンリ・デュパルクが初期に書いたチェロ・ソナタの緩徐楽章。この曲の初演は1948年、2016年に出版されたばかりという珍品です。
夜のコンサートは、これまでとは打って変わって風変わりなもの。マルセル・プルーストの音楽サロンという設定のようで、俳優のサイモン・カロウ Simon Callow がストーリーを語りながら、パリのサロンを再現していく趣向でしょうか。英語なので見て頂くしかありません。カロウというヴェテラン俳優に見覚えがあると思ったら、確か映画「アマデウス」でシカネーダーの役を演じた方じゃないでしょうか。演奏された音楽、登場した演奏家を列記するに留めましょう。二人のピアニスト、クロウとのコンビで歌曲の伴奏を務めたのがシー、他はビートソンです。

レオン・デラフォッセ Leon Delafosse (1874-1955)/Les Silenclares (S、P)
レイナルド・ハーン/Cimetiere de campagne (S、P)
レイナルド・ハーン/Infidelite (S、P)
シューマン/幻想小曲集作品12~夕べに (P)
グノー/アヴェ・マリア (Vn、P)
ショパン/バラード第2番ヘ長調作品38(P)
サン=サーンス/ギターとマンドリン (S、P)
サン=サーンス/死の舞踏作品40 (S、P)
フランク/夜想曲(S、P)
フランク/空気の精 (S、Vc、P)
フォーレ/ピアノ四重奏曲第1番ハ短調作品15~第3楽章アダージョ (Vn、Va、Vc、P)
 俳優/サイモン・カロウ Simon Callow
 ソプラノ/ルーシー・クロウ Lucy Crowe
 ピアノ/コニー・シー Connie Shih
 ヴァイオリン/アリーナ・イブラギモヴァ Alina Ibragimova
 ピアノ/アラスデア・ビートソン Alasdair Beatson
 ヴィオラ・レーチェル・ロバーツ Rachel Roberts
 チェロ/スティーヴン・イッサーリス Steven Isserlis
 
この他にグノーで合唱(舞台裏)した歌手たち、奇抜な衣装でアリアのさわりを歌ったカウンターテナーも出場。なお本来ならヴィオラはティモシー・リドウトの予定でしたが、海外渡航規制のためロバーツに替わりました。リドウトは10月10日の若手演奏家のコンサートには出演していましたが、今回は来英出来ず。如何にヨーロッパのコロナ第2波が急拡大しているかの証になってしまいました。

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