ヴィグモア日誌(8)

9月13日から始まったヴィグモア・ホールの秋シーズン、ここまで順調に開催されてきましたが、それと時を合わせるようにヨーロッパではコロナ感染第2波が拡大。最初の内は海外渡航規制に伴った出演者の変更が生ずる程度の影響でしたが、いよいよ演奏会が組めないほどに逼迫してきました。
そこに追い打ちをかけたのが、イギリス本国での感染者増で、遂に政府は大英帝国の内イングランドに二度目のロックダウンを実施することを決定。もちろんロンドンの劇場やコンサートホールは閉鎖されることになります。ロックダウンのスタートは11月5日に開始され、当面は12月2日まで継続されるとのこと。ヴィグモア・ホールの公式ウェブサイトでは今後の予定について未発表ですが、恐らく秋シーズンも中断されると思われます。

ということで、1週間分を纏めて記録してきたヴィグモア日誌ですが、第8週については11月2日の演奏会が終わった後の予定はあくまでも希望となっています。そもそもこの週は11月1日と2日の二日間しか予定が無く、仮にロックダウンが無かったとしても第8週は早々に店仕舞いとなっていたことでしょう。いつもより早い纏めですが、二日間で行われた3つのコンサートを紹介しておきます。

11月1日(日)は夜のコンサートのみ。ジェームズ・ギルクリスト James Gilchrist のテノールと、アンナ・ティブルック Anna Tilbrook のピアノによるデュオ・リサイタルが行われました。当然ながら二人とも英国の音楽家です。
ギルクリストは医師から転向したという異色のキャリアを持つ英国のテノールで、英国音楽と宗教音楽のスペシャリスト。一方のティルブルックも英国のピアニストで、1999年にヴィグモア・ホールでデビューした経歴の持ち主です。この日のリサイタルは孤独をテーマとした歌曲集の夕べで、実は二人の演奏は全く同じプログラムをシャンドスに録音(2019年6月)したばかり。CDと同じ内容が生演奏で聴けるという回でもありました。
曲目は冒頭にパーセルの歌曲「O Solitude, my sweetest choice」をブリテンが編纂した1曲が歌われ、続いてシューベルトの孤独D620。これはマイアホーファーの詩に付けた20分ほど掛かる大曲です。3曲目は現代英国の作曲家ジョナサン・ドーヴ Jonathan Dove (1959-)の「Under Alter’d Skies」。これはテニスンの詩に基ずく7曲から成る歌曲集(2017年)。最後にバーバーの隠者の歌作品29が歌われます。これは中世アイルランドの詩に付けた10曲から成る歌曲集で、ギルクリストの情緒豊かな表現力で最後まで退屈することなく楽しめました。

11月2日(月)は珍しく一日2公演。マチネにはロンドン生まれのソプラノ、メアリー・ビーヴァン Mary Bevan が登場し、やはり英国のピアニストで近年は歌曲の伴奏に専念しているジョセフ・ミドルトン Joseph Middleton がパートナーを務めます。ミドルトンは銀座の王子ホールでキャロリン・サンプソン(ソプラノ)とリサイタル(2017年12月)を開いていましたから、聴かれた方も多いでしょう。
曲目はヴォルフ(6曲)とシューベルト(4曲)の間に珍しいハイドンのソロ・カンタータ「ナクソスのアリアンナ」を挟むというもの。個人的にはイタリア語で歌われるこのハイドンが聴き物で、作品の珍しさだけでなく、ビーヴァンの圧倒的な表現力に聴き惚れてしまいました。正に大収穫。アンコールはシューベルトのマリアD658。プログラムの詳細はヴィグモア・ホールの公式ウェブサイトをご覧ください。
そしてロックダウン前の最後を飾った夜の部は、アリス・クート Alice Coote のメゾ・ソプラノとクリスチャン・ブラックショウ Christian Blackshaw のピアノによるシューベルトの歌曲集「冬の旅」全曲。この日は本来ならポール・ルイスのピアノ・リサイタルでしたが、海外渡航規制のため延期となり変更されたもの。その延期がいつ実現するかは全く予定が立ちません。
クートは、ヘンデルを得意にしている英国のメゾで、ジャネット・ベイカーの後継者でしょう。片やブラックショウは、イギリス・チェシャー州出身でカーゾンに師事した英国のピアニスト。その活動に20年ほど空白があったので幻のピアニストとも呼ばれる人。2012年に武蔵野小ホールでリサイタルを開いており、2017年にも再来日してやはり武蔵野で弾いているそうですが、私は全く知りませんでした。
クートの冬の旅は2012年1月にヴィグモア・ホールでジュリアス・ドレイクのピアノで演奏していて、そのライヴがヴィグモア・レーベルからCDが出ています。今回のクートは最近父親を亡くしたばかりとあって、渾身の名唱、忘れられぬ夜となりました。女声による冬の旅は珍しい部類でしょうが、過去の素晴らしい歌手たちの名演と比べても堂々たる存在感。万人に聴いてもらいたい「冬の旅」と言えるでしょう。

以上が、たった二日間のヴィグモア日誌。一応時間の予定は11月9日のマチネ、ローレンス・パワーのヴィオラ・リサイタルとなっていますが、果たして本当に実施されるのか、それとも無観客での配信となるのか・・・。

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