カテゴリー: 白柳秀湖

強者弱者(64)

屋上の菜の花  チュリップの芽出づ。  碎米菜の新芽は秋に出でて小春に生ひ、霜に傲りて此頃に至り、寒風の中に繁殖す。  市内屋上の庭園に菜の花の莟かたきを見る。菜の花は萬頃の野に咲き出てよく、一梗、鉢に移し植えて情趣更に深し。紅塵堆裡に没し...

強者弱者(63)

浅春の野花  春寒料峭たり。立春以後日漸く暖かなれど風弥よ寒し。野に鍬形草の花を見る。大さ、米粒ばかり。五弁にして白に浅黄の縁を染め、情調わすれな草に似たり。此頃より水近き小径のほとりに咲き出でて初夏の候に及ぶ。鍬形草と前後して薺の花咲く。...

強者弱者(62)

紀元節  十日 毎年此頃より日本橋十軒店に雛の陳列を見る。近年に至り著名の呉服店皆競うて之を陳列す。野外の梅未だ咲かず。室咲きの桃早く市に上りて人皆春の楽しみを思ふ。  朧梅咲く。酒肆皆白酒を売る。  十一日 紀元節、日曜よりかけて春を湘南...

強者弱者(61)

初午  初午 晴れて風なき日は、暖春に似たり。各所の稲荷雑踏織るが如し。赤坂表町の豊川稲荷、羽田の稲荷など最も賑はふ。羽田は海に近く養魚場の堤防に立ち萬頃の蘆萩に白帆の往来を見る最もよし。羽田川崎ともに両側の旗亭、残肴を店頭に並べて客を引か...

強者弱者(60)

大崎と目黒  大崎は海に近く、東京の中に在りては寧ろ暖かき部分に属す。唯、御殿山と桐ヶ谷の岡との間は冬季西風の通路に当るを以て寒気強し。製氷所は氷川の森を負うて水田にのぞめる陰湿の地を選みたり。すべて風の通路には地勢により之に沿うて無風の地...

強者弱者(59)

スケート  毎年此月に入りて諏訪湖にスケート大会開催せらる。東京にては先年大崎氷川神社のほとり製氷所に近く体育会のスケート場設置されたることありしが中途にしてやみぬ。           ********** この文章でおや、と思うのは、1...

強者弱者(58)

節分  四日、節分、豆撒きの古例は成田の不動、浅草の観音、川崎の大師などに残りて弥よ盛に行はるれど、各戸の式としては大に廃れたるものゝ如し。旧家の聞えある商家には尚ほ之を踏襲するもの少からず。柊にゴマメの頭、追儺の声の頓狂なるに若き女どもの...

強者弱者(57)

二月  此月風弥よ寒く雪弥よ多し。されど時に春めきて閑かなる日を交ふることあり。流石に季節といふ可し。  蕗の薹弥よ頭を擡ぐ。野沢の氷なほ解けやらず。暖かき日は崩れそめたる霜柱を踏みて根芹、薺を摘む可し。  毎年此季に入りて市に感冒流行す。...

強者弱者(56)

鶯のさゝ鳴  水仙の花咲く。郊外の家、朝毎に鶯のさゝ鳴きを聴く。床を出でて縁の障子を押しあくるに、雪つりしたる松の木蔭よりあわただしく飛び立ちて庭の片隅にかくれたる、賢げなるものごし心憎し。みそささいといふ鳥も物の蔭より蔭に隠れて飛ぶ、其心...

強者弱者(55)

梅花  三十日、孝明天皇祭、湘南の梅花正に見頃なり。東京に先立つこと約三十日。近郊に在りては大森八景園の梅、梢に莟のかたきを見る。角筈、木下川、向島、亀戸など、老幹槎枒として唯苔の色冷やかなり。   土曜より日曜にか...

強者弱者(54)

議会の噂  議会の噂も若き人々の耳には全く興なきが如し。社会的事実と交渉なき政党の私怨私闘、利害一致して相争ふ可き理由なき政府と政党との八百長角力、議会は宛たる一個の猿芝居に似たり。(明治四十二年)           **********...

強者弱者(53)

角力  雪解けの土新しき庭の片隅に蕗の薹を見る。  露路を入りて裏通に出づ。水道栓皆藁の防寒衣を着けて立てり。日短く光微かなるに、洗濯する人の話弥よ出でゝ弥よ長きもをかし。  大角力春場所、新聞紙皆其大部分を割きて勝負の記事に当つ。興がる人...