サルビアホール 第131回クァルテット・シリーズ

4月22日、サルビアホールでクァルテット・エクセルシオのショスタコーヴィチ・シリーズ第1回を聴いてきました。この回はプレトークがあるというので早めに出掛けましたが、これが正解。利用している京浜東北線が人身事故により大幅に遅延、大混乱になる前に鶴見駅に降り立つことが出来ました。
ホールでもこの情報をキャッチしており、プレトークもコンサートの開演時間も10分ほど後ろにずらしての開催。それでもトークに間に合わなかった聴き手も多かったようです。

そもそもこの演奏会は当初1月26日に予定されていましたが、第2次緊急事態宣言の為に4月に延期されていたもの。皮肉にも第3次緊急事態宣言発令前夜という日程に替ってしまいました。去年2月以来、日本に限らず世界の音楽界はコロナウイルスに翻弄されてきましたが、未だに終息の目処が立っていないのが現状でしょう。

《ラボ・エクセルシオ ショスタコーヴィチ・シリーズ Vol.1》
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第1番ハ長調作品49
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第2番イ長調作品68
     ~休憩~
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第3番ヘ長調作品73
 クァルテット・エクセルシオ

何故か今年は我が国オーケストラ界でもショスタコーヴィチが人気で、定期演奏会だけでも交響曲第1・5・6・8・10・11・12番と室内交響曲が取り上げられています。単なる偶然なのか、それとも現在の不安を抱える社会情勢の反映なのでしょうか。
サルビアホールでのショスタコーヴィチ演奏記録を繙けば、何と言っても2016年6月にパシフィカ・クァルテットが敢行した全曲演奏会が思い出されます。あの時は短期集中型のチクルスでした。
個別の記録でも第1番はアトリウムとシューマン、第2番もパヴェル・ハースとモルゴーアが取り上げており、第3番にもダンテが弾いた会がありましたっけ。

エクセルシオがサルビアホールに登場するのは、開幕コンサートを含めて今回が確か7回目。現代作品を中心に据えるラボ・エクセルシオとしては一昨年1月、去年1月に続いて3度目ということになるでしょう。
今回はショスタコーヴィチを集中的に取り上げるシリーズの第1回目ですが、意外なことにクァルテット・エクセルシオのショスタコーヴィチは、何度か演奏している第8番以外は全て公開では初挑戦とのこと。その意味でも聴き逃せないシリーズと言えるでしょう。
エクの8番は晴海時代のラボ・エクセルシオで聴いた記憶がありますし、ここ鶴見でも2013年10月、エク2度目のサルビアでも演奏していました。

この日のシリーズ第1回は、文化庁文化芸術振興費補助金、日本芸術文化振興会からの助成を得ての開催。取り敢えず番号順に最初の3曲が並びましたが、このまま番号順に弾き進められるのかは未だ発表されていません。
エクは昨年秋から今春に掛けて浦安でベートーヴェン・チクルスを完奏したばかり。もし予定通り1月に開催されていればベートーヴェンとショスタコーヴィチの同時進行だったわけで、延期は却って好都合だったかも。少なくとも聴く側にとってはベートーヴェンに一区切りをつけ、新鮮な気持ちでショスタコーヴィチに向き合えます。天の差配、ということにしておきましょうか。

その手助けとなるのが、プレトーク。ラボ・エクセルシオでは毎回、取り上げられる作品の作曲者を迎えてトークを行っていますが、今回はショスタコーヴィチを呼ぶ訳にはいかず、サンクト・ペテルブルク音楽院で学んだ経験もある音楽学者・中田朱美氏がトークゲスト。聞き手は前2回に続いて音楽ジャーナリストの渡辺和氏です。
中田氏は新宿にある朝日カルチャーセンターで月1回、ショスタコーヴィチの交響曲を1曲づつ解説する講座も開設しており、私も先週、初めてオンライン講座に参加して氏の博覧強記振りに接したばかり。今回のプレトークも興味津々で耳を傾けました。

聴衆は、いつもの常連諸氏に加えて如何にもショスタコーヴィチ猛者と思われる顔が勢揃い。今回ばかりは迂闊なことは書けません。ということで、小欄は簡単な事後報告と致しましよう。

プレトーク冒頭、渡辺氏から客席に二つの質問。一つは、ショスタコーヴィチが亡くなった後で生まれた聴き手はおられますか? もう一つは、「証言」という書物を知っている方はどれだけおられますか? でした。
つまりショスタコーヴィチはその死後になっても評価が極端に分かれている作曲で、これから行うプレトークでは以前からショスタコーヴィチの音楽を聴き、評価してきたファンにとっては意外に思われるかもしれない、という伏線を張ったのでしょうね。

ショスタコーヴィチが亡くなったのは、1975年8月。私はその数か月前にムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(当時)で第5交響曲を聴いたばかりでしたから、ある種の感慨を抱いてその報に接したことを思い出します。
またヴォルコフの著作「証言」(ショスタコーヴィチ自身の回想録とされるもの)が出たのが1979年でしたか。この本はクラシック音楽に興味のない人たちの間でも話題になったほど。それも束の間、アメリカの音楽学者ローレル・フェイがいくつもの証拠を挙げて「証言」が捏造であると反論。どうやらこの論争は、「証言」がフェイクであるということで落着したようですね。

要するにショスタコーヴィチ生前からの解説でその音楽を聴いてきた古いファン、「証言」によって真逆の解釈を信じ込んでしまった次の世代。そして今、ソ連(この単語自体が死語になりつつある)崩壊と共に次々に明るみになっている資料を基に進められている最新の研究。
これらが混在し、ショスタコーヴィチの評価は今なお大きく揺れている。渡辺氏は、トークの前置きとしてこの点に触れられていました。

トークゲストの中田氏は、現在のショスタコーヴィチ研究の最前線に立って活躍されている方。前置きに続いて解説されたショスタコーヴィチの弦楽四重奏解説は、目から鱗と言っても過言ではないでしょう。
細かいことには立ち入りませんが、ショスタコーヴィチが何故1938年になって弦楽四重奏曲を書き始めたのかが、重要なポイントとのこと。ロシアには、弦楽四重奏というジャンルに継承される伝統が無かったため、ショスタコーヴィチが弦楽四重奏を安全な領域と捉えたのではないか、という解釈も。安全って・・・。

プレトークは僅か20分弱。この時間では3曲について細かく触れるのはとても無理な話で、作品解説としては第1番だけで時間切れとなってしまいました。もっと聞きたかった、というのが正直な感想。
出来ることなら次回以降は、例えば午後3時から2時間タップリ曲目解説を行い、そのあと自由解散して各自食事、7時から演奏会という企画は如何でしよう。もちろんその部分を有料にしても良いでしょう。
それだけの価値はあるショスタコーヴィチ・シリーズだと思慮します。

プレトークが長くなりましたが、エクが登場しての本編。中田解説に接した故でしょうか、エクのショスタコーヴィチは作品に隠された意図を探るというより、あくまでも作品の構成そのものに光を当てているように感じました。これがエクなりの、新しいショスタコーヴィチ像と呼べるのでしょう。
前半では、第1番と第2番の共通点、4楽章制という古典的な弦楽四重奏の形を改めて意識させるようなアプローチ。

後半の大曲第3番では、直前に書かれた第8・第9交響曲との関連も明確に聴き取れます。そもそも5楽章という構成も共通していますし、奇数楽章は第9交響曲、偶数楽章が第8交響曲と繋がっていることにも気付かされます。
第2楽章スケルツォでは、トリオ部で4人が呼吸を合わせてピアニシモのスタッカートを刻む息を呑むような緊張感。それを解き放つような2拍子と3拍子がせめぎ合う第3楽章の闘争。良く有り勝ちな猛烈さだけを前面に出すのではなく、何処か大所高所から冷静に見つめる余裕すら感じさせる安定感。

葬送行進曲を引き継いだロンド・ソナタでは、クライマックスでの絶望と悲しみの回帰。最後はヘ長調の主和音でありながら、とても平和な調とは思えないショスタコーヴィチの独特な世界。
次はどうなるだろう、という好奇心を掻き立てながら第1回が終了しました。
中田氏によれば、第3番と第4番の間には大きな断絶、ショスタコーヴィチがユダヤ音楽の様式に踏み出す分岐点があり、1番から3番までを纏めるのは素敵なプログラミングとのことです。

これまで試みられてきたショスタコーヴィチ・チクルスには、短期集中型が多いようですね。特に一晩で全15曲を弾き切ってしまうような冒険では、1曲1曲の印象が薄まってしまう危険も伴いましょう。
その点でも、恐らく年に1回づつ、多分5年を掛けて完成させるエクのショスタコーヴィチ・シリーズは、私にとっては大変有難い試みです。

4年後の2025年は、ショスタコーヴィチの没後50年。エクのショスタコーヴィチは、正にその記念の年の最中にある訳で、新たなショスタコーヴィチ像を考える一つの重要なイヴェントになることは間違いなさそう。あと5年は頑張ってコンサート通いを続けようと思った次第。

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