第394回鵠沼サロンコンサート
どうやら首都圏も梅雨入りしたようですが、その割には晴れて暑い日が続きます。昨日15日も雨が降る気配が無いの中、鵠沼海岸に出掛けました。それでも天気予報では夜は雨、と頻りに連呼していたので、傘は持参です。
結果論ですが、この晩は帰宅するまで雨は降らず、行きも帰りも傘は荷物になっただけでしたね。
エスプリ・フランセで月一度、レストランが休みの火曜日に開催されているサロンコンサートに出掛けるのは、3月の田原綾子リサイタル以来のことでした。
もちろんサロンがお休みだったわけではなく、4月6日の第392回・横坂源チェロ・リサイタルは、生憎別のコンサートと重なってしまい、無念の涙を呑みながらパス。代わりに知人にピンチヒッターをお願いして、チケットは無駄にしていません。
5月11日の第393回は塚越慎子のマリンバ・リサイタルという珍しい回。もちろん行く積りだったのですが前日から体調が悪く、サロン当日は病院で診察を受け、ま、無理はしない方が良いでしょう、ということで2回連続でパスとなってしまいました。こちらは急なことで代役も立てられず、チケットは無駄になってしまいました。ごめんなさい。
ということで、3月以来のサロン。敢えて多摩川を渡って聴いてきました。素晴らしかったですね、辻彩奈のヴァイオリン。拝聴したのは以下のプログラム。
《辻彩奈 ヴァイオリン・リサイタル》
モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第25番ト長調K301
モーツァルト/アダージョ ホ長調K261
モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K304
~休憩~
ショーソン/詩曲 作品25
ラヴェル/ツィガーヌ
ラヴェル/ヴァイオリン・ソナタト長調
ヴァイオリン/辻彩奈
ピアノ/大越崇史
このところ人気急上昇の若手ヴァイオリニストとあって、会場にはいつも以上に沢山の椅子が並べられています。どうやら椅子が足りなくなったと見え、普段は使わないようなタイプの椅子も置かれていました。
ファンの出足も早く、開演1時間前から既に埋まっている椅子も。私共はいつも通り早めに家を出たので、最前列を確保できました。神奈川県は緊急事態宣言の対象ではなく、サロンもフルに活用されていましたが、感染防止対策は万全です、念のため。
辻彩奈、改めてプロフィールを転記すると、1997年岐阜生まれ。東京音大を卒業し、何と言っても2016年モントリオール国際音楽コンクールで優勝し、併せて5つの特別賞を受賞したことで一気に話題になりました。
去年から始まったコロナ禍に伴い、海外からの演奏家の来日が次々とキャンセルになったことも追い風になり、日本のオーケストラとも次々と共演。今や辻彩奈無しには演奏会のプログラムが成立しない、と言っては大袈裟でしょうか。余り演奏会には出掛けない小欄も、先月は日本フィル定期でモントリオールでも弾いたシベリウスを満喫したばかり。これから益々彼女の姿をコンサートホールで見かけることになるでしょう。
冒頭、平井プロデューサーの挨拶もこの話題からスタートし、鵠沼サロンコンサートでは海外からの演奏家を紹介できない間、日本の若手を次々と紹介。6月はその節目として、若手シリーズの締めくくりの意味も込めて彼女のリサイタルが実現した由。
辻もギッシリ詰まったスケジュールを調整して鵠沼初登場。最初に一言、実は聴き手がこんな近くにいる場所でのリサイタルは初めてで、些か緊張しています、と緊張しながらスピーチされましたね。
一方、ピアノは桐朋学園大学音楽部を卒業し、2014年に渡仏してパリで研鑽を積んだ大越崇史(おおこし・たかふみ)。この間、各種のコンクールで入賞し、2014年には秋吉台音楽コンクール室内楽部門で4位となり、室内楽分野で活躍している若手のイケメン。彼も鵠沼は初めてでしょうか、私は初めて聴きました。
今回のプログラムは、前半がモーツァルト3曲、後半にフランス作品を3曲というプログラム。辻は鵠沼でもお馴染みのレジス・パスキエにも師事しており、大越もパリで勉強したとあってフランスものは得意中の得意でしょう。モーツァルトもパリ時代のソナタが中心というプログラム構成で、一粒で二度美味しいリサイタルと言えるでしょうか。
そのモーツァルトは典雅そのもの。1748年製の Johannes Baptista Guadagnini が円やか、且つ艶やかに鳴り響きます。それでも時折唸るG線が後半の荒々しさを予感させるよう。
モーツァルトの2曲目として演奏されたアダージョは、本来はヴァイオリンとオーケストラのための作品で、今回はピアノ伴奏にアレンジされたもの。平井氏の解説では、恐らくヴァイオリン協奏曲第5番の緩徐楽章として書かれたもので、現行のものと差し替えられたのでは、とのこと。
ピアノ伴奏用のアレンジはいくつかあるようで、今回辻が披露したのは、編曲者名は確認できませんでしたが、カデンツァは短いものでした。
換気タイムを経て、後半はショーソンとラヴェル。詩曲とツィガーヌは共にオーケストラ伴奏版で聴かれることが多い作品ですが、今回はもちろんピアノ伴奏版。この2曲は譜面台を横に除け、ヴァイオリンは暗譜で弾き切りました。
前半のモーツァルトからは一変、これが彼女の本性と言わんばかり、一気にヒートアップします。小柄な彼女ですが躰を激しく動かし、時に仰け反りながら情熱的にヴァイオリンを歌わせる。聴き惚れるのは当然ですが、その演奏スタイルに思わず見惚れてしまったほど。これにはサロンに集ったファンたちもさすがに万雷の拍手を浴びせました。納得の笑顔で応えた二人、一旦ステージを下がります。
この夜の最後は、ラヴェルのソナタ。最近発見された若書きの作品ではなく、昔から愛奏されてきた有名な通称第2番、ト長調です。8曲残されているラヴェルのオリジナル室内楽作品の最後のもの、と言った方がよいでしょうか。
第2楽章にジャズの言語の一つであるブルースが使われていることが特徴で、このピチカートからチョッと艶めかしいフレーズまで、辻彩奈の別の一面を見たようにも感じられました。思えば湘南海岸に響く音楽として、これほどピッタリな楽章は無いのじゃないでしょうか。なんたってエスプリ・フランセですからね。
この物憂げな進行に耳を傾けていると、時にボレロを連想させるような箇所もあるし、もっと明確にジャズの影響が聴き取れるピアノ協奏曲や左手のためのピアノ協奏曲も思い浮かべられます。特にピアノ協奏曲はヴァイオリン・ソナタと同じト長調でもあり、同じ種子から生まれた双子のような存在と聴いても良いのかも知れません。
最後の楽章、無窮動は圧巻。決して途切れない激しいヴァイオリンの流れが終わるや、思わずフライング気味に拍手を繰り出してしまうのは仕方のないことでしょうか。
アンコールは、同じラヴェルからハバネラ形式の小品。これは上記ラヴェルが残した8曲の室内楽作品にはないもので、オリジナルは「ハバネラ形式のヴォカリーズ」。1907年に作曲された歌詞の無い低声のためのエチュードのような一品で、声にとって難しいこともあり、様々な楽器にアレンジされてきました。ほとんど全ての楽器のための編曲版があると言って良いほど。
ヴァイオリンとピアノのためのものも、私が知っている限りでも二つあって、有名なクライスラーの録音もあります。復刻されているCDにはジョルジュ・カトリーヌ George Catherine (1872-1958) 編となっていたと思いますが、カトリーヌはクライスラーより3歳年上のヴァイオリニスト。辻彩奈の師であるパスキエのラヴェル・アルバム(ハルモニア・ムンディ盤)にもこの3分ほどの小品が録音されていますが、この編曲と同じかどうかまでは確かめられませんでした。
この日は、鵠沼サロンコンサート2021シーズン半年会員の募集チラシも配布されました。9月のコンソーネ・クァルテットが来日出来るか不透明な部分もありますが、9月例会が開催されるのは間違いない所。その分、お楽しみコンサートということだそうです。
同時に来年3月から6月までの予定も発表されましたが、節目となる400回記念コンサートは鵠沼サロンコンサートの産みの親とも呼べる堤剛御大のチェロ・リサイタル。何と5月にはチューリヒ歌劇場の名花マリン・ハルテリウスのリサイタルも予定されているということで、益々鵠沼方面に足を向けて寝るわけにはいかなくなってきました。
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