第378回・鵠沼サロンコンサート

2018年もあと2週間、今年最後の鵠沼サロンコンサートに出かけてきました。寒さも少し緩み、湘南の風にも厳しさは感じられません。穏やかな師走の一日、といった風情でしょうか。
この時期のコンサートと言えば第9一色ですが、流石に鵠沼は微動だにしません。シューマンのヴァイオリンとピアノのための文献を全て披露しちゃおうという、なんともマニアックな一夜です。

「漆原朝子&ベリー・スナイダー デュオ・リサイタル」
シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調作品105
シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第3番イ短調
     ~休憩~
シューマン/3つのロマンス作品94
シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調作品121
 ヴァイオリン/漆原朝子
 ピアノ/ベリー・スナイダー

シューマンのヴァイオリン・ソナタと言えば、普通2曲でしょ。簡潔に纏まった古典的な第1番と、対照的にスケールの大きな第2番。ところが今回は3番もやってしまう。序にオーボエで吹かれることが多いロマンスも、ヴァイオリンでも演奏できるようにシューマン自身が指定している小品集まで。これでシューマンのオリジナル作品は全てでしょうか。
私はこんなプログラム初体験、と思っていましたが、実は鵠沼では何と2度目とのこと。同じ漆原/スナイダーによるデュオが2010年10月19日、第292回例会でも取り上げられていました。

更にアーカイヴを繙くと、珍しい第3番のソナタは2002年にも漆原は別のピアニストと演奏しており、何と鵠沼の常連さんは今回が3度目なそうな。実際この日も以前に聴いたことがあります、という方が何人もおられました。私なんぞヒヨッコですな。
そもそも漆原朝子氏は鵠沼ではスッカリお馴染みで、今回は6回目の登場。そのうち5回がスナイダー氏との共演で、息もピッタリ、サロンの雰囲気にも何の違和感もなく溶け込んでいました。そんな二人のシューマン全曲、悪かろうはずがありません。因みに彼女の登場回を列記しておくと、古い順に第189回、279回、292回、325回、344回となります。279回はオール・シューベルト、292回が今回と同じオール・シューマンで、325回はフランスもの、前回344回はエルガーとリヒャルト・シュトラウスでした。これを見て思い出される方もおられると思います。

鵠沼サロンコンサートのプログラムは曲名と演奏者の紹介が掲載されているのみで、作品の解説はありません。そこは前半と後半の開始前に平井プロデューサーがサラリと語られるのですが、今回の作品についても適切且つ簡潔。特に3番に付いては入り組んだ作曲の経緯を縺れた糸を解くように説明してくれました。
要点だけを記しておくと、有名な第1番はメンデルスゾーンの親友でもあったダヴィッドに促されるように書いたもので、第2番はそれに直ぐ続いて更に大きなスケールで書かれた大曲。2番はシューマン自身がグランド・ソナタと命名していますね。
一方第3番は、ブラームスとの交友で名高いヨアヒムを歓迎する意味で書かれた作品で、元になっているのがディートリッヒ、ブラームスとの合作で書かれた通称「F・A・Eソナタ」。ヨアヒムのモットーである Frei aber Einsam の頭文字を取ったもので、シューマンは第2楽章インテルメッツォと第4楽章フィナーレを担当(ブラームスが受け持ったスケルツォは単独でも演奏される名曲)。シューマンはこの後すぐ、自らの第1楽章とスケルツォを書き加えて3番としたのですが、何故かお蔵入りしてしまい、旧シューマン全集にも含まれていませんでした。

私の知識はこの時点で止まっていて、シューマンのヴァイオリン・ソナタと言えば2曲と思い込んでいたわけ。ところが1956年になって漸く作品が再発見、出版されて日の目を浴び、最近では時々演奏されることが多いとのこと。私にとっては第3ソナタのナマ初体験でもありました。
この3番、第1楽章と第2楽章スケルツォが後に書きたされた楽章で、第3楽章インテルメッツォと第4楽章フィナーレはF・A・Eソナタからのもの。確かに1956年に出版されたショット版はこの形で印刷されていますね。

ところがこの日、漆原/スナイダーは第2楽章と第3楽章を入れ替えて演奏しました。第1楽章が終わった後、二人はパート譜を確認し合っていましたし、聴き手の皆も明らかに2番目に弾かれたが間奏曲で、その後でスケルツォが鳴ったのが判りました。演奏後、休憩に入る前に平井氏も通常とは逆だったことを指摘され、理由を彼女に聞いてみましょう、との珍しい挨拶がありました。

その回答は後半に入る前に紹介され、何でも最近出版された新しいヴァージョンでは第2楽章と第3楽章が入れ替わっているとのことで、今回は初めてその形で演奏してみたのだそうな。何やらマーラーの第6交響曲に似たケースで、楽章の並びには諸説あるということでしょうか。

リサイタルを通して聴いてみると、今回の演奏曲目順は最も理に適っていると感じました。シューマンがこのジャンルで最初に手を染めた第1番を冒頭で弾き、あらゆる意味で大曲であり、カッコ良さも備えた第2番で締め括る。第2番の前には美しさの極み、これぞシューマン・ワールドとも言うべきロマンスがあり、珍しい第3番は第1番の後で。同じコンビによる前回のシューマンを聴かれた方によると、その時の曲順は今回とは違っていたと記憶している、とのことでした。
確かに第3番のフィナーレ、特にコーダはスケールを猛スピードで目まぐるしく上下する極めて技巧的な作品ですが、全体的な構成感やバランスという点では、やはり第2番がベストでしょう。漆原/スナイダー盤を初め、名盤が揃っている作品であることを改めて確認したリサイタルでもありました。

もちろんアンコールもありました。オール・シューマンということで先ずは歌曲集「リーダークライス」作品39から第1曲「見知らぬ土地で」と第12曲「春の夜」を編曲版で。朝子さんによると、アメリカの留学からドイツに移り、嵌ったのがシューマンの世界とのことで、当時は毎日のようにリーダークライスを聴いていたとか。“やってはいけないことですが・・・”と断りを入れていましたが、美しいヴァイオリンに自身の想いを託してくれました。
鳴り止まぬ拍手に応えてもう1曲。シューマンはシューマンでもクララの作品「3つのロマンス」から第1曲。夫ロベルトと同じ題名の作品をクララも書いていたのか、という驚きもありましたが、帰宅して調べてみると、どうやらクララには「3つのロマンス」という作品が3セットはあるようですね。作品11と作品21はピアノ・ソロ曲で、作品22がヴァイオリンとピアノのためのもの。恐らく作品22の第1曲がアンコールされたのでしょう。因みに作品22はヨアヒムに献呈されていますし、作品21はブラームスに捧げられています。

19世紀半ば、ヨーロッパのサロンを連想させるような素敵なリサイタルを、年末の湘南で味わった一夜でした。

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