日本フィル・第733回東京定期演奏会

9月、欧米風に言えば新シーズンがスタートしました。ヨーロッパと同じ9月からをシーズンの区切りとする日フィルにとっては2021/22シーズンの幕開けです。私にとっても9月最初のコンサートでした。
とは言いながら相も変わらず緊急事態宣言が続いていて前売りチケットは無く、赤坂サントリーホールのカラヤン広場も人影は疎ら。山田和樹の新著「オーケストラに未来はあるか」のタイトルじゃないけれど、こんなことをいつまでも続けていて文化が成り立つのだろうかと心配になりましたね。

日フィルの9月東京定期と言えば、同団の正指揮者を務める山田和樹。夏のサマーミューザでは渡航制限によって出演がキャンセルとなりましたが、ここは無事に登場してくれました。
今回は以下の通り、交響曲二本立てという直球勝負のプログラム。

ショーソン/交響曲変ロ長調作品20
     ~休憩~
水野修考/交響曲第4番
 指揮/山田和樹
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 ソロ・チェロ/菊地知也

山田と言えばプログラミングに凝ること、金曜日も土曜日も自らプレトークを実施するのが彼流のスタイルで、今回も先ずプログラミングの謎解きから。

開口一番、“ずばり、今回の裏テーマはコロナです。”、ということで、なんじゃそれ。後半の水野作品が去年9月予定のものから大編成作品はダメ、ということで今年に順延されたことは判ります。しかしショーソンは?
実はショーソンの交響曲、山田の活動拠点の一つであるモナコで去年指揮する予定があり、ゲネプロまで終えていた段階でコロナによるロックダウンに見舞われ、演奏会がキャンセルになったという因縁の作品だそうな。で、コロナ繋がり。そりゃ部外者がいくら考えても解りませんよ、ね。

それはともあれ、水野作品にはコロナを吹き飛ばしてしまうのでは、と言えるほどのパワーがあるとのことで、これは聴いてのお楽しみということでしょう。私も初体験の作品ですし、水野修考(みずの・しゅうこう)の音楽をチャンと聴くのは今回が初めてかも知れません。

前半はショーソン。最近聴きませんね、
この曲の第3楽章冒頭は、私の世代なら耳に着いて離れない馴染みのメロディーでしょう。漸く一般家庭にテレビ受信機が普及してきたころ、テレビのニュースと言えばフィルム映像が流れてアナウンサーは原稿を読むだけ。そのバックに流れていたのが必ずと言って良いほどクラシック音楽で、ショーソンは事件か火事のニュースでの定番でした。
ニュースの裏で流されていた音楽は、ショーソンの他ではオネゲルの交響曲第5番、シューベルトのグレートなどでしたが、当時小学生だった私には知る由も無いこと。後にクラシック音楽に興味を持つようになり、ラジオのクラシック番組などで曲名が判った時は嬉しかったなぁ~。

そんなショーソンですが、最近のコンサート・ゴアにとっては珍しいのでしょう。マエストロのプレトークでも作品の紹介が主なテーマでした。その中で他の作曲家の作品、特にドヴォルザークの新世界にそっくりなテーマが出てくるというのをプロの音楽家の口から聞いたのは初めてで笑ってしまいました。古いショーソン・ファンなら皆気付いていることでしょうが、これ、実はフランク風の循環形式テーマの変形なんでよね。
それより最近思うのは、山田も触れていたようにワーグナーからの影響でしょう。特に第2楽章はトリスタンかパルジファルの響きがあちこちに。種明かしされてから手品を見るような感覚で前半を聴いてしまいました。

それにしてもショーソン、良いですね。彼が自転車事故で早逝(44歳)してしまったのは如何にも惜しい。あれ、この話にマエストロは触れませんでしたし、プログラム・ノート(相場ひろ氏)にも書かれていませんでした。私がショーソンで真っ先に思い浮かべるのは、そして彼の唯一のシンフォニーを聴いて思いを馳せるのはこのことなんですが。それにしても変ロ長調、確かに第1楽章の主部は明るい音楽ですし、最後のコラール風の響きは長調ではあるのでしょうが、全体には暗い音調が耳を捉えます。
日フィルもヴィオラを中心とした弦の響きに厚みがあり、久し振りに聴くショーソンで改めて作品の魅力に触れた思いでした。

さて問題は後半。コロナを吹き飛ばす水野作品ですよ。
水野修考という名前は昔から良く目にしていましたが、実際にその音楽を聴いたという記憶は残っていません。日本のオーケストラの定期演奏会での演奏記録を探しても、水野の名前は見当たりませんから、もしかして日本オーケストラ連盟に所属しているオーケストラの定期演奏会でその作品が取り上げられるのは今回が初めてじゃないでしょうか。御存知の方がおられましたら是非ご教示願いたいものです。
彼の作品は楽譜を入手するのも困難で、昔何かが出版されていたような記憶があるのですが、現在は音楽之友社にも全音楽譜にも水野の名はありません。今回第4交響曲を初めて聴きましたが、何故これがスコアとして市販されないのでしょうか。音楽出版社には再考をお願いしておきましょう。

さて第4交響曲。唐突ですが、千葉県にお住まいの方は必聴です。水野氏は千葉県八千代市在住で、音楽の道に進んだのは千葉大学在学時代、とプログラム・ノートでも紹介されていました。千葉県との繋がり、プログラムではここまでですが、学生時代には千葉大学管弦楽団でヴィオラを弾き、遂には指揮までしています。何とベートーヴェンの第9交響曲の千葉県初演は、水野指揮する千葉大学管弦楽団だったそうな。
その後も千葉大で教鞭を執り、千葉県との繋がりは現在でも続いています。

彼の作品にはクラシック以外の音楽、ジャズやロック、ポップスなどの要素が取り込まれていますが、これは渡辺貞夫の薫陶を受けたことが大きく影響。「ナベサダ」の愛称で人気のある渡辺貞夫は、水野の一つ年上。彼に徹底的に叩き込まれたジャズ理論が第4交響曲に活かされているのは言うまでもありません。
その渡辺貞夫、確か彼もまた千葉県の緑豊かな某所にお住まいで、毎朝散歩されている姿を目撃してます、という話を聞いたこともあります。更に言えば、水野の第4交響曲を初録音したのは東京交響楽団ですが、指揮しているのは山下一史。山下も現在、日本オーケストラ連盟準会員の千葉交響楽団の音楽監督を務めているのは御承知の通り。ということで、千葉県在住のクラシック・ファンは水野修考の第4交響曲を聴くべし、なのです。

全体は急・緩・緩・急から成る4楽章構成。もちろん従来の交響曲の形式に準拠はしていますが、水野ならではの独自性が随所に散りばめられているところが聴き所。特に第3楽章の中間あたりでピアノが登場してから、そして何と言ってもエレキ・ギターとドラム・セットが大活躍する第4楽章がぶっ飛んでます。
第3楽章の「甘やかな旋律」は、まるでテレビ・ドラマの主題歌のようでもあり、譜面があれば口ずさめるほど。思わず頬が緩む人、顔をしかめて苦笑する人、吹き出してしまう人、反応は様々でしょうが、こういう交響曲、クラシック音楽もあるのです。

第4楽章はディスコ・ミュージックとヒップホップが乱れ飛ぶ大興奮に、思わず口あんぐり。客席でほくそ笑む水野修考の姿を連想してしまいました。
山田和樹も狭い指揮台の上でジャンプしたり踊り出したり。こういう音楽を振らせたら天下一品ですな。

しかし作品全体は、極めて抒情的なもの。美しく厚みのある弦楽合奏を中心に、特に第2・第3楽章では各パートにソリスティックなパッセージが置かれていて、日フィルの名手たちのテクニックが満喫できました。狂乱の第4楽章も、最後はチューブラーベルが鳴らされて高揚の火照りが沈静に向かう。何事も無かったかのような最後の静寂が印象的です。
演奏後、してやったりの山田和樹に浴びせられる大きな拍手。マエストロが客席の水野修考を讃えると、拍手は更に盛り上がります。

一言で言えば、「面白い」交響曲。これならクラシック音楽に敷居の高さを感じている若い人たちにも、大受けに受けるのじゃないでしょうか。そもそも交響曲は、などと蘊蓄を垂れるより先に、会場に足を運んで自らの耳で体験すべきでしょう。
今回の配信はパスする積りでしたが、早速千円で配信チケット買ってしまいました。土曜日の前売り券はありませんし、もう一度この異端交響曲を味わうには配信しかありません。食わず嫌いで会場に足を運ばなかった定期会員諸君、千円で雰囲気だけでも味わうべし。コロナなんぞに負けておれるか・・・。

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