第397回鵠沼サロンコンサート
鵠沼サロンコンサート、11月例会は9日、朝からの雨が止んで湿度が高く、寧ろ蒸し暑さを覚えるほどの空気の中で開催されました。暑さに加えて演奏の熱さ、サロンは興奮の熱気にも包まれていたようです。
プログラムは次のもの。
《水谷晃&加藤洋之 ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏Ⅰ》
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調作品12-1
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第3番変ホ長調作品12-3
~休憩~
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第4番イ短調作品23
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」
ヴァイオリン/水谷晃
ピアノ/加藤洋之
水谷晃と加藤洋之のコンビによるベートーヴェン全曲演奏は、二人と平井プロデューサーの木曽音楽祭での出会いから生まれた企画だそうで、鵠沼ならではのスペシャル・イヴェントと言えそうです。
全10曲を短期間で一気に弾いてしまうのではなく、来年までほぼ1年を掛け、3回に分けて完奏するもの。ジックリとベートーヴェンの室内楽を味わいましょう。
水谷晃は、今や東京交響楽団の顔。大分生まれで、地元では大分の貴公子と呼ばれている人気と実力を兼ね備えた名コンサートマスター。群馬交響楽団のコンマスからスタートし、現在はオーケストラ・アンサンブル金沢の客員コンサートマスターも務めている由。超多忙で中々室内楽に取り組む時間は限られていると思われますが、この日の演奏を聴いて、もっとこのジャンルに時間を割いてもらいたいと思ったほどでした。
意外にも鵠沼サロンコンサートには初登場とのことで、これは平井氏も勘違いしていたほどに良く知る間柄なのでしょう。
片や加藤洋之は鵠沼サロンコンサートの顔。サロンに最も多く登場している音楽家で、鵠沼歴が浅い私でも何度も聴かせて頂きました。
加藤のベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ全曲も今回が3度目とのこと。一回は何とウィーン芸術週間に出演し、ムジークフェライン・ザールでライナー・キュッヒルとのデュオで3日間に亘る全曲演奏会での成功。そして二度目は東京春際で、郷古廉と組んで文化会館小ホールでの3回。私は三度目にして初めてナマ体験することが出来ました。
ベートーヴェン全曲ということで、冒頭の平井氏挨拶も力が入っていました。簡単な曲目解説に留まらず、プログラミングや聴き所についても言及。1番と3番に聴かれるベートーヴェンの深化、そして4番と5番は本来一つの作品番号に纏められはずのもので、性格的に対照的であること。ハイリゲンシュタットの遺書を書く直前の作品であることも注意して聴いて頂きたい、と。
なるほど、思わず背筋が伸びます。
ということで前半は作品12のセットからニ長調の第1番と変ホ長調の第3番。なるほど第1番は伝統的なヴァイオリン奏法で書かれている感じがしますが、第3番になると更に挑戦的な技巧が要求されている。
ピアノのパートも重層的な厚みが深まり、二人の真剣勝負がいくつものスリリングな瞬間を創り出す。最初の作品12からしてこの迫力、後半はどうなってしまうのだろう。
余りの大熱演にピアノが悲鳴を挙げたようで、休憩時も丹念に調律が行われ、予定の休憩時間をオーバーするほど。
後半はイ短調の作品23と、「春」という愛称で親しまれているヘ長調の作品24。事前のリハーサルで、加藤氏が第5が春なら第4は秋か冬と評したそうで、正にそこがポイントでしょうか。
ベートーヴェン全曲演奏では、回毎に作品をどう並べるかが演奏者の腕の見せ所。平井氏は提示された選曲に思わず唸ったそうな。第4と第5は2曲一緒に続けて演奏する、というのが今回の全曲演奏のミソと言えそうです。
ハイリゲンシュタットの遺書に先立つ作品、精神的に追い詰められていた当時のベートーヴェン、明暗の対照が際立つ2曲を水谷と加藤は見事に描き分けます。
第4は、冒頭から悲劇性を前面に押し出す演奏。その切迫感は、単なる緩徐楽章に留まらない第2楽章と、ロンドの第3楽章をほぼ続けて演奏したことでも聴き手にひしひしと伝わってくるのでした。
ベートーヴェンの春。この美しいメロディーに満ちたソナタを、我々は春爛漫の明るいだけの音楽として聴き勝ちですが、この日はチョッと違いましたね。
冒頭のヴァイオリンが奏する如何にも春を連想させる旋律、それを支えるピアノの分散和音が何処となく寂しく響く。役目を変えてピアノがメロディー、ヴァイオリンが伴奏に回っても同じで、この「ラドファド・ラドファド」が悲し気に聴こえるのです。
正直に言って、これまでベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタをそれほど真剣に聴いてきたわけではありません。今回は平井氏の熱の籠った解説も手伝い、ソナタの別の側面を見たような気がしました。
アンコールは、シューベルトのヴァイオリン・ソナチネ第3番ト短調作品137-3から第4楽章アレグロ・モデラート。終わってからこのアンコールにも平井氏の解説があり、シューベルトはベートーヴェンの影響を大きく受けた人。この作品にもベートーヴェンのソナタからの影響が感じられます。恐らく二人もそれを意識してアンコールに選んだのでしょう、と。
来年6月の第2回(2・6・9番)、11月の第3回(7・8・10番)が楽しみになってきました。
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