サルビアホール 第53回クァルテット・シリーズ

昨日のサルビアSQSは、シーズン16の最終回、今年最後の例会でもありました。チェコの名門パノハ・クァルテットが一昨年に続く二度目の登場となる鶴見です。
前回はオール・ドヴォルザーク、糸杉全曲と作品106というプログラムでしたが、今回はドヴォルザークをメインに、ウィーンの名曲2曲と言う以下のプログラム。

ハイドン/弦楽四重奏曲第62番ハ長調 作品76-3「皇帝」
シューベルト/弦楽四重奏曲第13番イ短調 D804「ロザムンデ」
     ~休憩~
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第14番変イ長調 作品105

パノハに付いては前回(2013年11月、第24回SQS)やや詳しく紹介しましたので、今回は省略。今年が正式に活動を始めて45周年ということで、それを記念したツアーでもある由。
前半の2曲についても特記することはないでしょう。皇帝は鶴見では何と4団体目、ロザムンデも3団体目ということで、常連の聴き手にとっては色々な意味で聴き比べにもなりました。
改めて記録を振り返ると、演奏される機会が少ないと思われるドヴォルザークの作品105も今回が3度目。2012年の上海、2014年のプラジャークに続くもので、こうした作品が何度も聴けるのがサルビアホールならではと言えそうです。

パノハは前回以上に、技巧より「歌い回し」が勝っているという印象。ハイドンは有名な第2楽章を丁寧に歌い上げ、あくまでも古典派の枠組みを逸脱しないコンパクトな表現で小粋に纏め上げていました。

続くシューベルトは、正にシューベルトその人の俤を眼前に髣髴とさせるよう。繊細で壊れやすいシューベルト像を、ウィーンの団体以上にシューベルトらしく扱っていきます。
特に第1楽章、展開部に入って音楽が深味を加え、恰も病に侵された様に熱を帯びて行く様子は、パノハの歌心に満ちた抒情的世界の真骨頂と呼べるでしょう。ファースト・パノハの、時折腰を浮かせる独特の演奏スタイルは何時もの通り。

彼等が全集録音を完成させているドヴォルザークは、チェコの弦楽四重奏演奏の伝統に、彼らの持ち味である暖かく、美しい旋律の歌わせ方を加味したもの。それでいて妙な粘り気や停滞感は無く、今が青春期と感じさせるような新鮮な後味を残してくれる演奏でした。
やはり第3楽章、第69小節からの主旋律と細やかな伴奏音型の丁寧な歌わせ方に、メロディスト・ドヴォルザークへの愛情と尊敬が感じられます。

前回と同様、複数のアンコールがありました。最初はモーツァルトの第1四重奏曲K80からメヌエット。続いてドヴォルザークの糸杉から第3曲「お前の甘い眼差しに魅せられて」。これで終わりかと思いましたが、更に1曲、グルックのピツィカート。全てセカンド・ゼイファルトが英語で曲目を紹介しました。
モーツァルトとグルックは2年前のアンコールと全く同じで、糸杉は前回全曲を演奏したもの。パノハのアンコールでは定番の3曲なのでしょう。

ところでグルックの「ピツィカート」。前回はその正体を突き止めるのに苦労しましたが、あれから2年間で随分と環境も変化してきました。この作品はペトルッチの無料楽譜サイトで閲覧することが出来ます。それが、これ↓

http://petrucci.mus.auth.gr/imglnks/usimg/d/d7/IMSLP134820-PMLP259353-pizzicato_gluck.pdf

3種類の8小節楽節から成りますが、最初の8小節を繰り返し、最後の8小節は3回リピートするというスタイル。しかも最後の繰り返しは徐々に音量を落とし、3度目はほとんど聞こえない程の弱音で終える仕掛けです。
弦楽アンサンブル、又は弦楽四重奏で演奏されるこの小品、オリジナルはグルックのバレエ「ドン・ジュアン」に含まれる1曲です。ドン・ジュアンはシンフォニアと31曲のバレエから成る作品で、当該のピツィカートは第28曲「アレグレット」。

グルックは南ドイツの片田舎で産まれた人ですが、猟師だった父親は森林官に出世し、グルックが3歳の時にボヘミアに赴任。グルック本人もプラハ大学を卒業しています。
恐らくチェコの人たちから見ればグルックは、“おらが町の作曲家だべ”ということで、この小品もチェコでは昔から親しまれていたのでしょう。パノハQの他にもチェコ室内オケ(NMLで試聴可)の演奏会でも良くアンコールされるのは、そうした伝統に基づいたものかと思われます。

このドン・ジュアンも手書き総譜が全曲、ペトルッチで閲覧・ダウンロード可能。上記印刷譜とは若干異なりますが、ピツィカートで3回繰り返すという演奏法に付いては、グルックもキチンと指定しています。
演奏難度は恐らく最も易しい部類。譜面もペラ1枚を印刷すれば済みますから、アマチュア団体でもレパートリーに入れることが出来るでしょう。一度チャレンジしてみては?

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