第398回鵠沼サロンコンサート
今年も、はや師走。秋晴れが続いていましたが、昨日7日は天気も下り坂とあって、今シーズン初めてコートを着込んで鵠沼サロンコンサートに出掛けました。日中は曇っていましたが、鵠沼海岸駅に着くと丁度雨が降り出したところ。レスプリ・フランスまでの道すがら、持参した傘を開きます。
こんな天気でも何としても聴きたい、それが今シーズン最後、そしてもちろん今年最後のサロンコンサートとなる小林美樹のヴァイオリン・リサイタル。
≪小林美樹 ヴァイオリン・リサイタル≫
ヤナーチェク/ヴァイオリン・ソナタ
グリーグ/ヴァイオリン・ソナタ第2番ト長調作品13
~休憩~
フランク/ヴァイオリン・ソナタイ長調
ヴァイオリン/小林美樹
ピアノ/實川風
小林美樹の鵠沼サロンコンサートは、今回が2回目。前回は2016年4月、サロン名物の「新しい波」シリーズでしたっけ。5年前は大型新人という触れ込みでしたが、今や日本中引っ張りだこの大家と言っても良いでしょう。リサイタリストや協奏曲のソリストとしてはもちろん、室内楽やアンサンブルでも大活躍で、聞こえてくる噂では作曲家エフゲニ・キーシンの弦楽四重奏曲を豪華メンバーと初演した由。更には錚々たるメンバーとの共演でヴィヴァルディとピアソラの四季、合わせて「八季」を披露したとか。
今回渡されたチラシの中にも、金曜日に第一生命ホールで開催されるクラシック・キャラバン2021の「兵士の物語」を見付けました。あの悪魔のヴァイオリンを弾くのだそうです。正に悪魔、いや魔女のヴァイオリンにも譬えられるのが小林美樹のヴァイオリンじゃないでしょうか。
鵠沼初登場は姉・小林有沙とのデュオでしたが、今回のピアノは何と實川風(じつかわ・かおる)。1989年生まれ、東京藝大を首席で卒業し、2015年のロン=ティボーでは1位なしの3位、つまり実質2位に輝き、最優秀リサイタル賞と最優秀新曲演奏賞を受賞した実力派。
このところ若手ピアニストの躍進が凄まじい音楽界ですが、中でも男性ピアニストは思いつくだけでも両手では足りないほど。實川もその一人で、実力だけではなくイケメンとあっては世間が承知しません。この日も遠方に加えて雨という悪条件ながらファンが早くから詰め掛け、常連諸氏でさえいつもの定席には座れないほどの盛況でした。普通は30席限定なのですが、この日は50人は入っていたでしょうか。
そんな熱気の中、二人が選んだのはヴァイオリン・ソナタ3曲という本格的なプログラム。ヴァイオリン・リサイタルと言えば、一昔前までは前半で大きなソナタ、後半は親しみ易く技巧を聴かせる小品集というのが定番でしたが、大きなソナタを3曲というのは恐れを知らない?若者ならではでしょう。
しかもですよ、ヤナーチェク、グリーグ、フランクという3人は、ヨーロッパとは言え辺境の作曲家たち。フランクのベルギーもかつてはフランドル地方であったとは言え、ヨーロッパの中元からみればやや微妙な位置。その3人の、作曲された年代も様々という誠にヴァラエティーに富んだ選曲と言えましょうか。
前半の2曲は、私の知る限りでは小林にとっては新しく開拓したレパートリーでしょう。モラヴィアの作曲家ヤナーチェクは、プラハに続いてライプチヒ音楽院で学んだ人。唯1曲残されているヴァイオリン・ソナタは長い時間を掛けて作曲された作品ですが、ヤナーチェク60代、晩年の作品と見て良いでしょう。ヤナーチェクの音楽は強い訛りを持つというモラヴィアの言語と密接に繋がりがある。鵠沼サロンコンサートのアーカイブを検索すると、今回が6度目くらいの登場で、それなりに人気のある傑作と言えそうです。
ヤナーチェクより一回り程年上のグリーグも、ノルウェーからライプチヒ音楽院で学んだ作曲家。ヴァイオリン・ソナタは3曲書かれていますが、圧倒的に有名なのが第3番。現に小林美樹も鵠沼発登場の時にその第3ソナタを演奏していました。これに比べて第2番をナマで聴く機会は滅多になく、何と鵠沼では初めて取り上げられる由。ヤナーチェクとは異なり、こちらはグリーグ24歳の時、結婚直後に書かれたもので、実際に聴いてみると何故この作品が余り演奏されないのか不思議に感じられるほど。ノルウェー民謡の特色でもある2度、続いて3度下降するモチーフが頻りに登場し、若書きとは言いながらも北欧の抒情をタップリ楽しめる佳曲だと思いました。特に3部形式で書かれている Allegretto tranquillo が素敵だったなぁ~。
後半のフランクについては改めて書くまでも無いでしょう。ヴァイオリン・ソナタというジャンルで最も人気のある大傑作。鵠沼でも数えるのが面倒になるくらい多くのソリストが取り上げてきました。実は今年の3月、田原綾子がヴィオラ版で演奏しており、サロンの会員にとっては今年2度目のフランクでもありました。
鵠沼ではヴィオラ版だけでもブルーノ・パスキエ、今井信子、それに今年の田原と三度も登場していますが、フルート版が演奏されたという記録も残っています。この名曲はヴァイオリン以外の楽器にも編曲されていることでも有名で、アルフレッド・コルトーはピアノ・ソロ版だけでなくピアノ四手版にも編曲していますね。
ヴィオラの他にチェロ版も良く取り上げられますし、コントラバス版というのもレコードですが聴いた覚えがあります。管楽器では鵠沼でも演奏されたフルートの他にクラリネット、ファゴット、更には各種サクソフォンでの演奏も録音されていました。流石に金管楽器はないだろうと思って調べたところ、何とトロンボーン版があるとのこと。トロンボーンとピアノってバランスがどうなのよ、と思ってしまいます。
今回は原点に戻って、王道のヴァイオリン・ソナタ。小林美樹と實川風は夫々の楽器を思う存分に鳴らし切り、しかもアンサンブルとして見事に纏まった圧巻の名演。この狭い空間、二人の名手を眼前で聴く贅沢な時間。個人的にはヴァイオリン・ソナタのような室内楽はサロンで聴くのが本当の在り方、と考えているので、正に理想的な音楽の姿がここにあると改めて感じた次第。
ところでグリーグの2番は新婚ほやほやで書かれたと紹介しましたが、フランクのソナタは友人でもあったイザイの結婚祝いとして書かれたんですよね。結婚繋がりのグリーグとフランクでもありました。偶然でしょうが、中々グーな選曲でしたね。
演奏時間としてはやや短めなリサイタルでしたが、アンコールはマスネの「タイースの瞑想曲」。小林美樹お得意の一品で、初登場の5年前のアンコールでもありました。それにしても小林、音楽が一段と大きくなったなァ~。あの仰け反るようなダイナミックな演奏スタイル、最後の音をキッチリ音符の長さだけ伸ばしてピタッと止める切れの良さ、これには参りましたワ。
ということで、これが私の今年の室内楽聴き納め。来年の鵠沼は3月、あのイブラギモヴァが絶賛する若き才能、藤瀬有芽が何と日本デビューを飾るという千載一遇の「新しい波」でスタートします。必聴!!
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