第353回・鵠沼サロンコンサート

このところ毎月の様に通っている鵠沼のサロンコンサート、昨日も5月例会を聴いてきました。「巨匠の至芸」と題するシリーズで、今回が通算で42回目なのだそうです。
昨日鵠沼に登場したのは、何とヴァイオリン界の巨匠、レジス・パスキエでした。プログラムも実に多彩で、ソナタの大作を3曲ズラリと並べた壮観。

ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調作品78「雨の歌」
プロコフィエフ/ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調作品94a
     ~休憩~
サン=サーンス/ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ短調作品75
 ヴァイオリン/レジス・パスキエ Regis Pasquier
 ピアノ/金子陽子

この日は生憎、というより絶好の雨降りで、いつものように鎌倉に寄って家内の「バラに滴る雨のしずく」撮影に同行。6時少し過ぎに鵠沼海岸入りと相成りました。
サロンは7時開演ですが、ファンは6時ごろから集まり始めます。私がレスプリ・フランセに着いた時は未だリハーサル中。入口で待っている間もフランス語が飛び交い、ブラームス、プロコフィエフ、サン=サーンスの肝が聴こえてきました。
もう、これを聴いているだけでウットリ。その美音と巨匠のテクニックに本番前から圧倒される至福の時です。

リハは6時半頃まで続き、漸く皆が思い思いの席に。最後のピアノ調律があって愈々リサイタルが始まります。
冒頭、平井プロデューサーの挨拶。パスキエが当サロンに登場するのは2011年に続き2回目だそうで、特別ルート?と巨匠本人の配慮もあっての実現の由。サロンの実績と平井氏の熱意がこの特別な空間を創り出してくれたことに、先ず感謝しましょう。
パスキエが弾くならと、態々パリから金子陽子氏も駆け付けてのソナタ3曲プログラムが実現しました。ピアノの金子陽子は名古屋出身、パリ音楽院でロリオやべロフに学び、ソロ・室内楽でパリを中心に活躍している名手です。パスキエについては特記することも無いでしょう。

夕方には上がりましたが、この日は朝から雨。偶然とは言え、リサイタルはブラームスの「雨の歌」で開始されます。ソナタの標題は雨を描写したからではなく、作品59の歌曲集からテーマを採ったから。
この歌曲集は8曲でセットになっていますが、第3曲の「雨の歌」と第4曲「余韻」は同じ主題による歌。ヴァイオリン・ソナタが「雨の歌」となっているのは、この歌曲をクララ・シューマンがこよなく愛したからだそうです。クララとブラームスの関係は改めて触れるまでもないでしょう。
ところでこの歌曲集、第1曲が「たそがれは迫り」であったり、第6曲には「すばらしい夜」という詩もありと、正にこのリサイタルを凝縮したような歌曲集であることに思わず微笑んでしまいます。

直ぐに続けて演奏されたプロコフィエフは、当初フルート・ソナタだったものをダヴィッド・オイストラフが聴いて気に入り、プロコフィエフにヴァイオリン用に改作を薦めて実現したもの。ために作品番号は94の「a」となっていますが、今日ではヴァイオリン版の方が有名になってしまいました。
作品はプロコ節丸出しの透明で、明るく、小気味よいリズムが楽しい緩急緩急の4楽章制。パスキエの演奏は真に素晴らしく、何より柔らかく美しい音色と、見事なテクニックに感服してしまいました。しかしバリバリ弾いているという印象は全く無く、何とも言えぬ暖かさと懐かしさに溢れたもの。月並みですが「古き良き時代」を感じさせる独特の雰囲気があるのです。

前半の演奏が終わって二人は引っ込むのではなく、パスキエは何か言いたげ。にこやかに軽いジョークを交えつつ聴き手に語りかけてくれる雰囲気に、我々は再び魅了されてしまうのでした。
その話によれば、パスキエが使っている楽器は1734年製グァルネリ・デル・ジュスの「クレモナ」で、実はプロコフィエフに改作を進言したオイストラフ本人が使っていた楽器とのこと。オイストラフがこの楽器でプロコフィエフの第2ソナタを演奏したかは不明ですが、いずれにしても因縁の深い楽器であるということを紹介してくれました。
このあとの平井氏の捕捉によれば、メチャメチャ高価な名器なのだそうで、巨匠の話を聞いて増々楽器の魅力、その姿に聴き惚れ、見入ってしまうのでした。眼前で演奏してくれるサロンならではの体験でしょう。これで6千円は廉過ぎでしょう。

当夜は湿気が酷く、休憩中にも再度のピアノ調律があって、後半。
サン=サーンスの第1ソナタは余り真剣に聴いた記憶がありませんでしたが、今回パスキエの熱演に接して作品の真価に初めて触れた様な印象でした。
有名な第3交響曲そっくりの構造で、全体は二つの楽章ながら第1楽章はアレグロ・アジタートの前半とアダージョの後半がアタッカで繋がれ、第2楽章もアレグレット・モデラート(一種のスケルツォ)の前半とアレグロ・モルトの後半が休みなく続きます。

特に第2楽章後半の16分音符による速いパッセージは目にも止まらぬようで、耳への刺激も然ることながら、パスキエの左手の速い動きを見るのも実にスリリング。最後にピアノの豪放な fff と共にニ長調の圧倒的な集結を迎えると、思わず“オッー”と声を上げるほどでした。皆そういう感想だったでしょう。サン=サーンスって凄い、面白い、カッコいい、と。

アンコールの前にもパスキエ氏の楽しくも、中身の濃いスピーチ。彼自身の「音楽上」の師でもあったナディア・ブーランジェと薄幸の妹リリ・ブーランジェの逸話でしたが、ブーランジェ姉妹と仲間たちの顔触れとしてバーンスタイン、コープラント、ブーレーズ、フォーレ、プーランク、ストラヴィンスキーなどの錚々たる名前が次々に登場。皆、過去の音楽家達ですが、直接パスキエと面識もあった人たちもいて、音楽史をこれほど身近に感ずる時間も他にはありませんでしたネ。
弾かれたのはリリ・ブーランジェの「子守歌」でしたが、私が聴き始めた頃の日フィルでフルートの首席を務めていた林リリ子氏は、確か妹リリ・ブーランジェにあやかって付けられた名前だったことを思い出しました。
姉ナディア・ブーランジェと言えば我が矢代秋雄氏も師事していたはずだし、マルケヴィッチもスクロヴァチェフスキもその門下生でした。改めてパスキエって大変な人物だと感激、時代を思い切りタイムスリップした夜でした。

 

 

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