今日の1枚(92)

フルトヴェングラーが残したオペラの正規スタジオ録音は3点、今日からはワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を取り上げます。

ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団によるEMIのモノラル録音。TOCE-3760/63 の4枚組みです。データは、
1952年6月10日から22日、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの収録。プロデューサー名とエンジニア名はクレジットされていません。
合唱はコヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団で、合唱指揮はダグラス・ロビンソン。歌唱はもちろんドイツ語、当盤は歌詞対訳は付いていません。

第1幕に登場する歌手。出演順に、
水夫/ルドルフ・ショック(テノール)
イゾルデ/キルステン・フラグスタート(ソプラノ)
ブランゲーネ/ブランシュ・シーボム(メゾ=ソプラノ)
クルヴェナル/ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
トリスタン/ルートヴィヒ・ズートハウス(テノール)

ショックはベートーヴェンの「フィデリオ」でヤキーノを歌っていましたから、そちらを参照してください。なおショックは第3幕の牧童も兼務しています。

フラグスタートは1895年7月22日生まれのノルウェーのソプラノ。録音の時は56歳。言うまでもなくワーグナー歌手として女王と称えられた名歌手です。
初めてイゾルデを歌ったのは1932年6月のオスロ。1933年にバイロイトで端役を歌ったのが切っ掛けで世界に知られるようになりました。
不思議なことにバイロイトではイゾルデもブリュンヒルデも歌っていません。
繊細な表現というよりパワフルな声量で圧倒する性質の歌。
1953年にステージから引退しましたから、この録音はフラグスタートの経歴の最後に属するものです。引退後はノルウェー国立歌劇場の監督も務めていました。1962年12月7日、オスロで没。

シーボムは1918年9月19日生まれのアメリカのソプラノ。録音の時は33歳。アメリカとは言っても両親はスウェーデン人です。
メトロポリタン歌劇場のフィラデルフィア公演でブランゲーネを歌ってオペラデビューしていますから、相応しいキャスティングでしょう。
1967年に引退したあと、短期間ですがアトランタ歌劇場の芸術監督も務めていました。

フィッシャー=ディースカウは1925年5月28日生まれのドイツのバリトン。録音の時は弱冠27歳。戦時はイタリアで捕虜になった経験も。1947年には早くもデビューし、その後の名声は紹介するまでもありません。1992年に引退。著作も多数。

ズートハウスは「ワルキューレ」のジークムントでも歌っていますからそちらを見てください。

トリスタンとイゾルデは大変に長い作品で、通常のCDではどの幕も1枚に収めるのは不可能。フルトヴェングラー盤も3幕とも1箇所づつ途中で切れてしまいます。
第1幕は85分を要し、最終第5場の途中、スコアの226ページで2枚目に入ります。特にこの幕は劇的な進行の途中で、通して観賞できないのは興醒め。例えば前奏曲を4枚目の最後に入れ、第1場から最後まで通して聴けるように工夫できなかったのでしょうか。
各場のトラックは、第1場が2から、第2場はほぼ3から、第3場がほぼ5から、第4場は8から、第5場はほぼ10からとなります。
ほぼ、というのは、トラックの開始箇所が歌詞の頭に設定されていて、本来のシーンの開始点ではないからです。スコアでなく台本を基にトラック箇所を設定したためでしょう。楽譜派には不親切。

フルトヴェングラーが満足したというだけあって優れた録音ですが、ワルキューレとはかなり趣が異なります。録音会場がキングスウェイホールであること、オーケストラがフィルハーモニアという関係もあるでしょうが、残響がタップリと取り入れられ、音色も艶やかに聴こえます。しかしその反面で細部の明瞭度には欠ける憾みもあります。
フルトヴェングラーもかなり気迫が篭る指揮振りで、第5場の頭(186ページ)では唸り声が凄いですし、合唱が登場する手前(290・291ページ)では指揮台を激しく踏み鳴らす足音が録られています。
トリスタンとイゾルデが杯を飲み干し、薬の効果が現われてくる大切な場面(264ページ)で、スタジオ外の工事のノイズのような雑音が二度に亘って聞こえて来ます。戦前のベルリンでのパルシファルを思い出してしまいました(既に取り上げています)。

参照楽譜
オイレンブルク No.905

 

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