今日の1枚(94)

トリスタンとイゾルデの最終回、第3幕です。この幕で初めて登場するのは二役、牧童と舵取りですが、牧童は第1幕で水夫を歌ったルドルフ・ショックが兼務しています。
残る舵取り、ロデリック・デーヴィースというバリトンが歌いますが、この人については何の情報もありません。ブックレットにすら紹介がないのです。名前から想像して、当時のコヴェント・ガーデン歌劇場で歌っていた人でしょうか。
第3幕も83分ほど掛かりますから、3枚目と4枚目に跨ります。切れる箇所は第1場の780ページの最後。

第3幕も全3場で構成されていて、第2場は4枚目のほぼトラック2から、第3場がほぼ4から始まります。前の二つの幕と同様、トラックは実際の「場」の頭から少し進んで歌手が歌い始める箇所に付けられています。
最後の有名な「愛の死」はトラック5から。この場面はいきなり歌から入りますので、普通に「愛の死」だけを聴く場合にも不都合はありません。
第3幕はオーケストラの長い前奏があり、後半はイングリッシュホルンのソロだけになります。極めて静寂が求められる箇所ですが、キングスウェイホールでの録音では時々ゴーッというノイズが入っています。
恐らく地下鉄の音を拾っていると思われますが、牧童が歌い始める(ここからトラック6)までに3回列車が通過していますね。7分半ほどの間に3回ですから、当時の運転ダイヤが推測されそう。

最後に「トリスタンとイゾルデ」の管弦楽編成を書いておきます。
フルート3(3番奏者ピッコロに持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3(アルト2、バス1)、バスチューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、ハープ、弦5部。
トライアングルとシンバルは第1幕の最後だけしか出てきませんから、打楽器奏者二人は第1幕が終わったら帰ってもいいわけですな。
意外にオーソドックスというか、普通の編成です。ワーグナーチューバは使いませんし、ハープも1台だけ。
その他、舞台上にトランペット3、トロンボーン3、ホルン6、イングリッシュホルンの指示があります。
トランペットとトロンボーンは第1幕の最後、ホルンは第2幕の冒頭、イングリッシュホルンは第3幕で牧童の笛を吹きます。
面白いのはホルンで、一応6人となっていますが、出来れば2倍の12人、あるいはもっと増やしても良いと書かれています。
この狩猟ラッパを表すホルンは、舞台奥の幕のうしろで、常に大きな音でラッパを上に向けて吹くようにとの指示。
舞台奥に12人のホルンと言えばリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲を連想しますし、ラッパを上に向けるという件はマーラーそのもの。
シュトラウスもマーラーも指揮者として活躍していましたから、当然トリスタンを振っていますし、ワーグナーから影響を受けたことは歴然でしょう。

フルトヴェングラーのスタジオ録音は優秀ではありますが、舞台上ホルンとオケ本体のホルンとの区別までは不可能。モノラル録音の限界ですね。
もう一点。ワーグナーは弦楽器の数には触れていませんが、第一級の演奏者を多数揃えるように、という指示を与えています。
逆説ですが、当時のオーケストラの弦楽器はほとんどが下手糞だったということ。如何に現代のオーケストラが技術的に向上したかを証明する資料になっています。
間違っても、現在の如何なるオーケストラに対しても“下手糞”などと言わないように。

参照楽譜
オイレンブルク No.905

 

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