読売日響・第485回定期演奏会

9月の最終日、サントリーホールで読響の9月定期が行われました。巨匠スクロヴァチェフスキの指揮です。

モーツァルト/交響曲第41番
     ~休憩~
ショスタコーヴィチ/交響曲第11番
 指揮/スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
 コンサートマスター/藤原浜雄
 フォアシュピーラー/小森谷巧

ズバリ交響曲の二本立て。堂々たる定期演奏会のプログラムではありませんか。

さて「巨匠」という言葉を広辞苑で引くと、「ある専門分野、特に芸術方面で、その道に傑出した人」とあります。それはそのとおりですが、私の感覚では、「巨匠」には既に過去のもの、最早現在では失われつつあるスタイル、というニュアンスが含まれているような気がします。

モーツァルトで言えば、かつてのブルーノ・ワルターの指揮などが典型的な巨匠による演奏というイメージ。
その意味で昨夜のスクロヴァチェフスキのモーツァルトは、巨匠による演奏、いや、「巨匠風」のモーツァルトとは全く違ったアプローチだったと言えるのではないでしょうか。
しかし言葉の本来の意味に戻れば、スクロヴァチェフスキの指揮は正に巨匠による指揮芸術そのもの、と言わざるを得ません。

ミスターSは、特定のフレーズ、特定の音に思いを籠めるあまり作品の形式感を損なうような表現は、決して採りません。あくまでも作品の、交響曲としての姿を聴き手に見せることに撤する。
弦の編成を10-8-6-4-3に落とし、オケ全体をステージ奥に固めるように並べた配置は、カチッと纏まったスリムな表現にピタリと適合していました。

氏のモーツァルトにはルーチンに流れる箇所は一つも無く、常に現代的で鋭い眼差しが光っています。

例えば、昨日も第1・2・4楽章の提示部を全て繰り返していましたが、第1楽章の展開部に入るときの木管による和音に注目して欲しいですね。この2小節のテンポを僅かに落とすことによって、音楽が展開部に突入したことが誰にでも判るはず。

第2楽章。モーツァルトは全体を f と p だけで書き、僅か数箇所に ff と pp が置かれています。
しかしスクロヴァチェフスキは、単純にスコアに書かれた音量記号に縛られるのではなく、特に弱音については様々な音量の変化を駆使して、このアンダンテ・カンタービレを立体的に表現していきます。
特に再現部からコーダにかけての細やかな表情は、聴き手の耳を釘付けにして、瞬時も飽きさせません。

第4楽章もそう。コーダに入る直前の一呼吸と、これに続くフィナーレの決断たる推進力は、聴き手を奮い立たせるほどに堂々たる音楽として鳴り響いていました。

正に「ジュピター」の名に相応しい、モーツァルトの最高傑作たる音の構築物としての再現芸術と申せましょう。

後半のショスタコーヴィチ。これはまた、何とけたたましい音楽でしょうか。しかしこの「けたたましさ」が決して煩く聴こえないのが、スクロヴァチェフスキ/読売日響の凄いところ。

ミスターSはショスタコーヴィチを得意にし、これまで第1、第5、第10を読響と演奏してきましたが、今回の11番は初めて。常任指揮者を締め括るシーズンでも最も期待が高い選曲でしょう。

このシンフォニーは、作曲の経緯や各楽章に付けられたタイトルを信ずれば、表題的な聴き方も可能な内容。
しかしスクロヴァチェフスキで聴くと、これは壮大な音による伽藍。冒頭の「宮殿のモチーフ」と、3連音による音型を作品全体の核とした絶対音楽としての姿が立ち上がってくるのでした。

ハイドン、モーツァルトから連綿と続く「交響曲」へのオマージュとしてのショスタコーヴィチ作品。
ここでも、マエストロのプロフェッショナルに撤した指揮技術とスコアの読みが、作品に新たな光を当てていたと思います。

この夜の名演は、オーケストラが指揮者の表現したいことを完璧に受け止め、絶対の信頼感を以って弾き切ったことによって生まれたことを忘れるべきではありません。
指揮者スクロヴァチェフスキも、このオーケストラを得てこそ成し遂げられた完成度の高さ。読売日本交響楽団も、スクロヴァチェフスキの指揮だからこそ成し得た渾身の演奏。

恐らく、オーケストラ・メンバーのマエストロ支持率は限りなく100%に近いと思われます。
定期会員を中心とする聴衆のスクロヴァ支持率もまた極めて高いことが、音楽が終止した後も尚、マエストロが演奏姿勢を終えるまで拍手を控えたことで証明されていました。

この日も先日のブルックナー同様、楽員がステージを引き払っても拍手鳴り止まず、再度スクロヴァ翁が舞台に姿を現し、漸く満足した聴衆が帰路に付く光景が見られました。

この喝采は、来年3月、マエストロ最後の登場でも儀式になりそうな予感がします。それを裏付けるように、この日のプログラムには「スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ氏に桂冠名誉指揮者の称号」付与の案内が挟まれていました。

 

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