日本フィル・第334回名曲コンサート

秋晴れの続く東京、昨日(10月12日)の祝日はサントリーホールに出かけました。
先月がスクロヴァチェフスキ月間だったのに対し、今月はラザレフ月間。3種類のプログラムが組まれていますが、残念ながら私は2番目には行けません。

ラザレフの今回の仕掛けは、「劇場」。その第一弾は文句なく楽しい、しかも素晴らしいコンサートでした。

プロコフィエフ/バレエ音楽「シンデレラ」組曲より
     ~休憩~
チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」より
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 ゲスト・コンサートマスター/田野倉雅秋
 ソロ・チェロ/菊地知也

プログラムをザッと見て、“なぁんだバレエか、それもくるみ割りねぇ~” と思ってパスした人、とんだ失態ですよ。
「くるみ割り人形」といっても普通に演奏される組曲じゃありません。第2幕だけというプログラムも時々ありますが、この日は滅多に演奏されない第1幕の素晴らしい音楽がタップリ聴けるのです。
いつも聴いているピースは「金平糖の踊り」だけ。それも全曲版と組曲版では終わりが違いますからね。これを聴き逃す手はありません。

前半のシンデレラ。同じプロコフィエフのバレエ「ロメオとジュリエット」ほどには知られていませんが、プロコフィエフとしても第5交響曲や戦争ソナタなどと同じ時期の、充実した創作。
プロコフィエフを愛して止まないラザレフの手に掛かると、作品の真価が弥が上にも伝わってきます。

このバレエは、全曲から3つの組曲が編まれています。指揮者によって様々な組み合わせで演奏されるのは「ロミジュリ」と一緒ですが、ラザレフは第1組曲を全曲取り上げ、更に第2組曲から2曲を追加するという選曲でした。
詳しく記録しておくと、

①第1組曲第1曲「序曲」
②第1組曲第2曲「パ・ド・シャル」
③第1組曲第3曲「喧嘩」
④第1組曲第4曲「仙女のお婆さんと冬の精」
⑤第1組曲第5曲「マズルカ」
⑥第1組曲第6曲「舞踏会へ行くシンデレラ」
⑦第2組曲第5曲「宮廷のシンデレラ」
⑧第2組曲第6曲「ギャロップ」
⑨第1組曲第7曲「シンデレラのワルツ」
⑩第1組曲第8曲「真夜中」

以上です。一般的には9番目に演奏されたワルツが有名でしょうか。

ラザレフは相変わらずです。一人白いジャケットで登場し、サービス満点の指揮ぶり。序曲で第1ヴァイオリンが美しいテーマを弾き始めると、客席を向いてヴァイオリンを指し示し、“これがシンデレラの主題ですよ” と言わんばかり。ジェスチャーだけで解説してしまうのですから・・・。

この日、外は爽やかでしたが、ホール内は8割ほど埋まった客席と演奏の熱気で次第にヒートアップ。暑がりの私は思わず意識が飛ぶような思い(特に長く抒情的な宮廷のシンデレラ)でしたが、さすがに大音響が炸裂する真夜中で、皮肉にも一遍に目が覚めてしまいました。

ここは鐘が12回高鳴り(普通にチューブラ・ベルで演奏)、真夜中を暗示する仕掛け。当日のプログラムにも触れられていましたが、そこを意識して聴くと一層楽しめるでしょう。

ホールのスタッフが気付いてくれたのか、休憩時から後半は空調が入り、気持ち良くチャイコフスキーを楽しめました。
演奏された曲目は、

①第1幕「情景」(お客様の退場、子供達は寝室へ、魔法のはじまり)
②第1幕「情景」(くるみ割り人形とねずみの王様の戦い、くるみ割り人形の勝利、そして人形は王子に姿を変える)
③第1幕「冬の樅の森」
④第1幕「雪片のワルツ」
⑤第2幕「パ・ド・ドゥ」(アダージョ~ヴァリアシオンⅠ[タランテラ]~ヴァリアシオンⅡ[金平糖の踊り]~コーダ)
⑥第2幕「終幕のワルツとアポテオーズ」

以上。即ち、金平糖の踊り以外は組曲版では聴けないものばかりですね。しかしこれが素晴らしいのなんの~。

ラザレフの指揮、というか解釈は普通のくるみ割りとはまるで別です。決してイージー・ゴーイングな演奏にはなりません。くるみ割り人形とねずみの戦争のスリリングなこと、思わず手に汗を握ってしまいました。

ラザレフのジェスチャーも絶好調の極み。
例えばパ・ド・ドゥの冒頭、チェロの素晴らしい斉奏では思わず指揮台を降り、チェロ・パートの譜面台に被さるようにしてチェロから朗々たる歌を弾き出すのでした。

それにしてもこのメロディー、良く聴けば単なる“ドーシラソファーミレドー” ですよね。ただ音階を下がってくるだけの旋律線にこれだけの音楽を見出すチャイコフスキー。これは天才としか言い様がありませんな。
ここを聴くと、私は恥ずかしながらいつもウルウルしてしまうのです。

「金平糖の踊り」を聴いてごらんなさい。いつも耳にする演奏に比べてテンポが遅い。それだけじゃなく、伴奏の弦楽器の音量を徹底的に落とし、チェレスタが何処から聴こえてくるか判らないような効果を生み出します。
ラザレフは客席を向き、チェレスタが響くとホールの天井を指差し、“ほら、音が天から降ってくるでしょ” と言わんばかり。そう、チェレスタとは「天上の響き」という意味ですからね。チャイコフスキーが初めてオーケストラで用いた楽器です。

そしてクライマックスの圧巻。管弦楽の総奏の絶頂で、あるべき姿で打ち鳴らされるシンバルの一撃の見事だったこと!!

カーテンコールで主な奏者を起立させたラザレフ、特にシンバルを叩いた福島喜裕を称賛し、シンバルを高々と客席に誇示するように指示してさえいました。
日本に打楽器奏者が数多いる中、シンバルを叩かせたら日本一と言われるのが福島。これ、日本楽壇の常識です。名シンパリストの妙技を聴くだけでもコンサートに通う価値あり。

熱狂的な客席に応えて、もちろんアンコールはくるみ割り人形の「トレパック」。

あぁ、楽しかった。
欲を言えば、「雪片のワルツ」に子供の合唱が無かったことと、日本フィルの弦楽器にもう少し豊饒な響きがあったら、ということでしょうか。ま、これだけの音楽を聴かせてくれたのですから、贅沢は言いますまい。

 

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