日本フィル九州ツアー/福岡公演

毎年2月、日本フィルは九州公演に出掛けます。1975年に始まったこのツアーは、今年で何と35年目を迎えました。九州各地の実行委員の熱意とクラシック音楽を愛する地元のファンに支えられた、日本でも稀有なイヴェントでしょう。

私も一度は参加したいと思っていたのですが、勤め人時代は時間がままならず、35年目にして漸く一部を聴くことが出来ました。そのレポートです。

2010年のツアーを率いるのは、首席指揮者アレキサンドル・ラザレフ。公演プログラムは2種類あって、一つはブラームスの第1交響曲がメイン、ウェーバーのオイリアンテ序曲とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲というもの。ヴァイオリン・ソロは神尾真由子。
仮にこれをAプロとすれば、もう一方のBプロはオール・チャイコフスキーで、戴冠式祝典行進曲とピアノ協奏曲第1番が前半、後半はバレエ「くるみ割り人形」のハイライトというもの。ピアノ独奏は小山実稚枝。

ツアーの全体とプログラムを纏めると、

2月15日 大分・B
2月16日 宮崎・A
2月17日 鹿児島・B
2月18日 熊本・A
2月20日 田川・A
2月21日 北九州(小倉)・B
2月22日 唐津・A
2月23日 佐賀・A
2月25日 長崎・A
2月26日 福岡・A
2月27日 大牟田・B

どちらのプログラムも、真ん中に挟まれた協奏曲を除いて全てラザレフが東京でも指揮して来た作品。私も全て聴きましたから特に新しい体験ではないのですが、ツアーではどのようなコンサートになるのか、それが楽しみでもあります。

私共は25日の長崎と翌日の福岡のチケットを取り、両方のプログラムを聴く積りでしたが、都合で26日の福岡だけを聴いてきました。

会場のアクロス福岡シンフォニーホールは、博多駅から西に進み、福岡最大の繁華街でもある天神にあります。
コンサートホールとして独立した建物ではなく、普通の総合施設であるビルの1階部分に組み入れられた形。
東京で言えば渋谷のオーチャードホール、池袋の東京芸術劇場を思い浮かべれば判り易いでしょうが、福岡の場合はビル自体がもっと普通の顔をしているので、初めての人には戸惑うような感じがしました。

会場は横に広く、東京では見掛けないスペース。まぁ、新宿文化センターがこんな感じでしょうか。私が実際に聴いた地方のホールでは、群馬音楽センターがこれに近いかも。

従って音はどうしても拡散し勝ち。やや高音が強調される傾向があって、演奏に集中するのに少し時間がかかりました。

冒頭の戴冠式祝典序曲からラザレフは客席に向いて指揮します。恐らくこんな指揮者は福岡では初めてでしょうから、客席も少しザワつく感じ。

有名なピアノ協奏曲はツアー向けの耳に馴染んだ作品。ラザレフ/小山も緻密な、というよりは推進力と迫力で圧倒するようなタイプの演奏で喝采を浴びます。
ピアノはもちろんスタインウェイ。

このコンサートの白眉はメインのくるみ割り。と言っても良く聴くピースは金平糖の踊りだけで、殆どの人がナマでは初めて聴いたものでしょう。
ラザレフが選んだのは、去年の10月に東京で演奏した時と全く同じ。具体的には、

①第1幕「情景」(お客様の退場、子供達は寝室へ、魔法のはじまり)
②第1幕「情景」(くるみ割り人形とねずみの王様の戦い、くるみ割り人形の勝利、そして人形は王子に姿を変える)
③第1幕「冬の樅の森」
④第1幕「雪片のワルツ」
⑤第2幕「パ・ド・ドゥ」(アダージョ~ヴァリアシオンⅠ[タランテラ]~ヴァリアシオンⅡ[金平糖の踊り]~コーダ)
⑥第2幕「終幕のワルツとアポテオーズ」

という内容。

演奏は実に集中力の高い、高度にスリリングなもの。マエストロは相変わらずエネルギッシュに指揮台を駆け回ります。
私の感想は東京でのものと同じ。細かい内容はそちらを読んでください(2009年10月13日)。

東京ではアンコールに「トレパック」1曲だけでしたが、ツアーでは何と3曲の大サービス。この辺りが地方公演での聴きどころでもありましょうか。

後で楽員氏に聞いたところでは、最初の公演地である大分では演奏が終わってもほとんど拍手が無かった由。余りにも知らない曲が並んだためだったそうです。
その所為もあったのでしょう、ラザレフは直ぐにアンコールに突入。有名な「花のワルツ」が始まります。

ここで傑作だったのは、コールに応えるため舞台に再登場したラザレフを二人の花束ガールが追っていたのですが、マエストロはそれに気付かずタタタ・タータター~~。
慌てて戻ろうとする乙女二人を、ラザレフはジェスチャーで呼び戻し、ヴァイオリンの前で聴いているように指示。その仕草がワルツにピッタリで客席は大爆笑。

当然ながら最後は大拍手が巻き起こり、二人の花束ガールに囲まれたマエストロもご満悦。

アンコールは更に続き、「葦笛の踊り」ではフルート三重奏で客席を向き、天井を指差して聴衆の度肝を抜きます。
最後は圧倒的な「トレパック」で幕。聴衆からは随所で“オォーッ”とか“ドヒャ~” という歓声が漏れるほどで、楽しいラザレフ/日本フィルのくるみ割りを堪能しました。

楽しいアンコールですが、注目すべきはラザレフ独特の楽曲解釈。どの小品でも、特に中間部の処理にマエストロ独自のアイディアがあって、演奏は思わずハッとさせられるレヴェル。有名曲でも揺るがせにしない真剣勝負があったことを聴き逃すべきではないのです。

客席は満席に近いほど埋まっていましたが、古参の楽員氏によれば、例年ほどではなかった由。「ラザレフ」という名前が九州ではほとんど知られていないからだとか。
この辺が東京とは違うのでしょう。

それでも完全にラザレフに魅了されたファンは、終演後に行われたラザレフ/小山両氏のサイン会に長い列を作っていました。
当日発売されたばかりという戴冠式祝典序曲が納められたCD(カップリングはチャイコフスキー第4)が華を添えていましたね。

 

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