強者弱者(11)

夜会

 東海道、諸川、出水の警報頻々として至る。京浜各地、近年諸般の工事年と共に進み、豪雨至る毎に懸崖崩壊して人畜の害少からず。
 夜会の季節なり。帝国ホテルの舞踏室更闌け人静まりて後、歓楽の声調鳴りやまず。凄愴なる野分の暗をよそにして、佐保姫が心尽し、七草の色鮮かなる振袖、紅灯に蝶、緑酒に花と舞ひ狂ふ。某外人の令嬢、某海軍将官の令嬢、某高等官の令嬢、某紳商の夫人など世に舞台の名手と聞ゆ。宗十郎町あたり印刷工場の女工十三ばかりなるが、夜業の終りと見えて、『池上へでも行こうか』と空を仰いで恨めしげなるもあはれ深し。
 浅漬けの味よし。

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「更闌け」は「こうたけ」と読みます。普通は改める、とか取り替える、の意味ですが、日没から日の出までを五つに分けた時間の単位としての「更」でしょう。
「闌」は、一字では「らん」と読み、盛りになる、たけなわの意。「おばしま」と読んで、「手摺」のことでもあります。
つまり、「更闌け」とは、「夜がふけて」ということですね。

佐保姫(さおひめ)は春を司る女神のことで、俳句の季語は春。10月には相応しくない喩のようでもありますが、外は台風が吹き荒れているのに帝国ホテルではまるで春のような彩の着物で踊り狂う婦人たちを描写しているのでしょう。

宗十郎町という地名を知っている人は現在ではほとんどいないでしょうね。古い資料によると、現在の銀座7丁目界隈だそうです。
つまり、東海道線の線路を隔てて帝国ホテルとは表裏の位置関係になります。帝国ホテルと宗十郎町の関係は、当時の上流階級と貧困層との関係でもあるわけ。

 

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