強者弱者(12)

猟期

 十五日 猟期に入る。これより後、本郷富士前町、片町、動坂町、千駄木林町辺の人は東、武総の境に鳴り渡るあわただしき銃声に驚き覚めて、坐らに空の晴れたるを知るべし。暦日無き労働者の此音に暁の夢を破られて、今日は日曜ぞと力なげにつぶやくも哀れ深し。渋谷、世田ヶ谷、目黒方面は兵営に近ければ、京北の人の銃声に眼ざときに似もやらず。
 後の月。待ちわびたる此夜、蕭々として降り暮したる、侘しとも侘し。雲わづかに霽れて、月影おぼろにほのめき出でたりと見るも束の間、更けてまた降りしきる、雨の音物淋し。
 日光の紅葉よし、東京の楓は葉緑素稍衰へたりと見ゆるのみ。欅、楢、檪など二分の紅葉。柿、櫨など見頃なり。

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現在の東京では銃を持って猟をするなどは思いもよりませんが、100年前の東京市では遠くに銃声を聞くのも風物詩の一つだったことに驚き。毎年10月15日が猟の解禁日。

当時の労働者階級は日曜も祭日もなく働いており、銃声を耳にして豊かな階級が猟に興ずるのを知り、“今日は晴れて、日曜日か” とガックリ来たということでしょう。

陸軍の兵舎が近かった城南地区の住人は、銃声にも慣れていたようです。

「後の月」(のちのつき)は陰暦9月十三夜の月のこと。豆名月とも栗名月とも言います。もちろん季語は秋。

「蕭々」(しょうしょう)とは、風雨・落葉・馬の声などのものさびしい様を表す言葉です。
「霽れて」は「はれて」。音は「セイ」で、文字通り晴れること。

「櫨」は現在では「はぜ」と読むのでしょうが、秀湖は「はじ」とルビを振っています。字源にはどちらも掲載されていて、もちろんどちらでも可。
秋に紅葉が美しい樹木ですね。

今年は日光も今週末が紅葉の見頃だそうです。鉄砲を持って猟にでも行きますか。

 

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