強者弱者(135)

四萬六千日

 九日、四萬六千日にて浅草観音賑はふ。此日一日参詣すれば四萬六千日の信心に値すといふ。市に千成鬼灯を売る。何の意味なるかを知らず。唐人髷の人銀杏返しの人、争ひて火影に数の多きを選ぶさま艶なり。山の手に駒込の大観音あり。千駄木の辻より槇町を経て、白山の大丸呉服店に至るまで肩摩轂撃殆ど行く可からず。本郷小石川は市内にて最も質素純朴の風に富めり。婦人の風俗なども、目に立ちて質実なり。同じ山の手にても赤坂麻布は奢侈の風最も甚し。赤坂麻布にて見る下婢の風は、本郷にて見る令嬢の風なり。南東京にのみ住み慣れたる者の、偶々本郷駒込方面に赴きて先ず感ずるは質素純朴の風なり。殊に婦人に於いて其著しきを見る。

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現在では、四萬六千日(しまんろくせんにち)は10日とされています。この日に参詣すれば四萬六千日参詣したのと同じ功徳がある、とされている日のこと。
浅草観音では鬼灯(ほおずき)市も行われて賑わいます。江戸中期に始まった行事。

秀湖も言っている通り、なぜ四萬六千日とほおずきが繋がるのかは不明。こんなこじ付けもあるようです。↓

http://www.senso-ji.jp/annual_event/shimanrokusennich.html

「肩摩轂撃」は、「けんまこくげき」。広辞苑にも載っていますが、往来が雑踏することです。

「質実」(しつじつ)は、飾り気がなく真面目な様の意味ですが、秀湖は「じみ」とルビを振っています。

「下婢」も秀湖は「げじょ」とルビを振っています。「婢」の音は「ひ」ですが、意味は「下女」のこと。女偏の無い「卑」と組み合わせた「下卑」(げび)とは違います。
現在では「下婢」は差別用語になりますから、滅多なことでは使えません。明治時代の文献ということでご容赦願います。

文章から見ると、100年前でも赤坂麻布が如何に派手な土地柄だったかが偲ばれます。当然ながら秀湖は本郷駒込の方を良しとしていたのだと思いますが・・・。

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