日本フィル・第614回東京定期演奏会
昨日の定期は凄かった!! 最近好調の日本フィルですが、その中でも抜きん出た出来だったと思います。
何よりプログラムが素晴らしい。ラザレフを以ってしても空席の目立つ会場でしたが、これを聴き逃せば一生の損になりますぞ。この演奏会を聴かずしてプロコフィエフを語ることなかれ、と敢えて言っておきましょう。仕事を放り出してでも聴くべし。
チャイコフスキー/幻想的序曲「ハムレット」
モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調
~休憩~
プロコフィエフ/交響曲第3番
指揮/アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ/田村響
コンサートマスター/木野雅之
フォアシュピーラー/江口有香
ソロ・チェロ/菊地知也
圧巻はメインのプロコフィエフですが、前半も負けていません。
チャイコフスキーはシェークスピアを題材として三つの作品をものにしていますが、「ロメオとジュリエット」だけが有名なのは理不尽でしょう。
ラザレフは既に読響で「ロメオとジュリエット」と「テンペスト」を取り上げていますから、今回の「ハムレット」で3曲全てを日本で演奏したことになります。
ラザレフのダイナミックの振幅の大きな表現は、チャイコフスキーにピッタリ。オフェーリアの美しいテーマは哀愁漂うイタリアのロマンス映画のようで、何故これが滅多に演奏されないのか不思議なほどです。
ま、それがチャイコフスキー嫌いには耐えられないのかも知れませんが、一度はナマ演奏に接して自分なりに評価すべきでしょう。こういうチャンスを逃してはいけません。
ラザレフが絶賛したオーボエ・ソロ、実はエキストラの美人奏者でしたが、マエストロは余程お気に召したようで、態々指揮台にまで連れてきて拍手を浴びせていました。本人もビックリしたでしょうね。
(客席で聴いていたラザレフ夫人も苦笑したかも)
モーツァルトのソロを弾く田村響は初めて聴きました。愛知県出身、ザルツブルクで勉学を続けている青年で、既に2007年のロン・ティボー国際コンクールで第1位を得ている(2007年、20歳で)逸材です。2006年には出光音楽賞も受賞。
体格に似合わず(失礼!)繊細で端正なピアノを弾きます。作品がモーツァルトというせいもあるでしょうが、様式の範囲を逸脱することなく、テンポ、リズム、表現に清楚な姿勢が出ていました。
本人の性格でしょうね、○○を付けても良いほどの真面目さ。かなり緊張しているようにも見受けられましたが、私は気に入りました。
ピアノはスタインウェイ。カデンツァに関してはプログラムにも書かれていましたが、田村は当然ながらモーツァルトが書き残したオリジナルをキッチリと弾きました。
ラザレフのバックにも触れなければなりません。
最近のモーツァルト演奏は弦の編成を極力切り詰めるのが流行ですが、ラザレフはかなり大きめな編成を採用していました。コントラバスは5人だったと思いますが、変則12型でしょうか。ただし、第1ヴァイオリンは7プルトあったかも。
もちろん古楽奏法などとは無縁のもの。
この編成でもオーケストラがピアノを圧倒することが無いのは、ラザレフのコントロールが優れているから。第2楽章最後の第1ヴァイオリン(+フルート)とピアノの対話でヴァイオリン全員が弾いているのに、モーツァルト晩年の澄み切った心境が良く出ていたのに感心頻りです。
さて愈々プロコフィエフ。
私はこの作品を初めてナマで聴きましたが、漸く作品の真価に触れた思いがしました。録音では何度か聴いてはいましたが、これはオーケストラを目の前で体験しなければ理解できない類の音楽です。
この類稀なる体験が、ラザレフのスコアを知り尽くした指揮に帰結することは申すまでもありません。
いくつかの衝撃を記録しておきましょうか。
第1楽章。解説ではソナタ形式ということになっていますが、私には重要なテーマが少なくとも四つあるように聴こえました。第1は練習番号4から出るオクターヴ跳躍を含む第1主題(炎の天使マディエルへの愛)。第2は練習番号16の3小節目からの第2主題。騎士ルブレヒトの主題と呼ばれるもので、カノン風に進む要素を含んでいます。
第3が練習番号21からのリズム主題で、3連音符と8分音符の組み合わせから成るもの。そして第4が練習番号34からの上向する行進曲風の主題。敢えて第3主題とでもしておきましょうかね。
第1楽章の「肝」は、練習番号46からの再現部でしょう。ここは単に第1主題が再現するだけに留まらず、先に挙げた四つのテーマが同時に鳴らされる所にポイントがあります。
恐らくラザレフは、マエストロサロンでここを“しゃぶしやぶ、鉄板焼き、すき焼き、お刺身が同時に重なる” と喩えたのだと思います。
実際にそのように聴こえたのだから凄い!
しつこくなりますが、第1楽章でもう一つ。
コーダ。ここは静かに終わりますが、コントラバスが異様な音を立てるのに気が付くはず。帰ってからスコアで確認すると、高いミをフラジョレットで連続して弾くのです。三回出てきますが、表情記号に sautille とあります。ソウティッレと読むのでしょうか、ぴょんぴょん跳ぶという意味ですね。
こんな不思議な音のする音楽はこれまで聴いたことが無いし、レコードでは絶対に聴こえてきません。
気が付いたことを全部書き残しておこうと思いましたが、あまりにも長くなりそうなのでここで止めましょう。
ラザレフが日本フィルから曳き出したのは、第3交響曲がプロコフィエフの最も斬新な響きを持つ大傑作であるということ。
チャイコフスキーにしてもプロコフィエフにしても日本フィルにとっては初演になります。この難曲をたった三日間のリハーサルで、これだけ高いレヴェルの演奏に仕上げてしまうところ。ここにラザレフの只ならぬ才能を見るのでした。
第3交響曲に恐れをなして一目散に退散しちゃいけませんよ。定期演奏会にも拘わらずアンコールがあります。
先日取り上げた同じプロコフィエフのバレエ「シンデレラ」からシンデレラのワルツ。
定期ではアンコールはやらない、という東京の常識。ラザレフには全く通用しません。
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