強者弱者(18)
遠足
虫声頓に衰ふ。蟋蟀堂に入り、厨に鳴く。都下の各女学校皆前後して遠足、運動会などそれぞれの催しあり。近郊の停車場、折からの雨に、紅紫滴瀝として行き悩みたる美しき少女の群、脂粉露に褪せ、玉釵雫にそぼぬれてしどけなき態、又なくなまめきて人の心を惹くこと強し。
南天、錦木の実漸く赤し。鵯、各社の梢に鳴く。山の手の町々、萬頃のいらかを抽きて紺碧の空に現れたる銀杏の大樹、色未だ動かず。雁声を黎明の空に聴く。
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これも女性の美しさを表現する凝った表現に満ちています。余程鬱屈していたんでしょうか。
「紅紫滴瀝として」の紅紫とは美人を紅色と紫色に喩えたもの。滴瀝(てきれき)と言うのですから、滴り落ちるということ。水の滴るような美人と言うことですね。
「脂粉露に褪せ、玉釵雫にそぼぬれて」とは又大袈裟な・・・。脂粉(しふん)は白粉で、雨に濡れて色が褪せたのでしょうか。
「玉釵」(ぎょくさ)は「たまのかんざし」ですから、これまた美人を指す言葉。美人が雨にしょぼしょぼと濡れて、艶めかしい様子。
100年前はこういう表現に相応しい女学生が多かったのでしょうが、現在では絶滅危惧種、と言ったら怒られるでしょうね。
鵯(ひよどり)は100年後の今も頻りに鳴いていますが、雁(がん)を黎明の空(れいめい、即ち明け方の空)に聴くという風情は、東京では失われてしまったようです。
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