日本フィル・第615回東京定期演奏会

この1・2日で急速に冬の気配が濃厚になった東京、昨日は午後から冷たい雨が降る中、サントリーホールに出かけます。
折からアメリカのバラク・オバマ大統領が初来日するということで、赤坂一帯は交通規制も予想されます。やや早めに家を出ました。
幸いトラブルもなく、無事に到着。今回の定期はオール・ベートーヴェン・プログラムでした。

ベートーヴェン/序曲「コリオラン」作品62
ベートーヴェン/交響曲第4番 変ロ長調 作品60
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第5番 ハ短調 作品67
 指揮/マルティン・ジークハルト
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/江口有香

私は定期演奏会には少なくとも1曲は滅多に聴けない作品を組むべき、という意見ですが、これは何とも名曲尽しの一回です。名曲演奏会とか、名曲シリーズに回したくなるようなプログラミング。

しかし実際に聴いてみると、ジークハルトの選曲眼の確かさには何の反論も出来ません。昨夜の演奏は名曲コンサート向きのベートーヴェンではなく、これぞ定期演奏会で聴くべきベートーヴェンであったことに納得しました。

対抗配置に置かれた弦は、3曲とも14型。管楽器も全てベートーヴェンが指定した通り。第5のホルンだけは倍管の4人で演奏することが多いのですが、この日はスコア通り2本(福川・村中コンビ)。
楽譜に書かれた繰り返しも全て実行されていました。

演奏の方向は、先のマエストロサロンで紹介したように、パワフル・プレイとは対極にあるもの。
ジークハルトの日フィル定期登場は三度目ですが、これまでも強く感じさせたウィーンの音楽家の持つ独特なDNAを放出するものです。

例えば第4交響曲に耳を傾けましょう。

神秘的な序奏、彼はここを四つ振りでなく二つに振って、主部との極度な落差を巧みに回避します。
第4楽章も早めのテンポですが、作品の持つ内面的な「喜悦」を決して疎かにしません。

私が最近耳にしたヴァンスカ/読響やカンプルラン/読響はアグレッシヴと言ってよいほどに緊張感を強いるものでしたが、第4に本来備わっているはずの「微笑み」が失われているように感じたものです。

しかしジークハルトは違う。同じように速いテンポを取っても、そこには得も言われぬ余裕が感じられ、例のファゴット・ソロにしても単にスピードに付いて行くだけでなく、軽やかな歌さえ表現されていたのでした。副主席・鈴木一志に大きな拍手。

第2楽章の刻みも、マリー、マリーで弾かせていたのに思わず笑ってしまいました。テレーズ、テレーズでないところが如何にもジークハルト。

第5も久し振りにベートーヴェンらしいベートーヴェンを聴いた、という充足感に満ちたもの。

これも普段名曲コンサートで聴くような、縦線だけを合わせ、最後は金管の咆哮でパワフルに盛り上げるタイプの演奏とは大違い。さぞかし日本フィルもマエストロの「錆び落とし」に扱かれたことでしょう。
これぞ、聴きたかった第5。

マエストロサロンで予告されていたように、対抗配置を採用したことの意義が良く判る、各パートの動きが手に取れるような確信に満ちた解釈にも触れなければなりません。第3楽章の繰り返しも、実際に聴いてみて真に説得力に富んでいることを発見。

即ち、最初のスケルツォとトリオを繰り返すことで、全体はA-B-A-B-Aの5部形式になります。この5部形式は、前半に演奏された第4交響曲でベートーヴェンが初めてスケルツォ(またはメヌエット)楽章に取り入れた斬新なスタイル。
続く第6交響曲でも同様の繰り返しを行っていることで5部形式が達成される仕組みなのですね。
第5も繰り返しを行うことで、第4から第7までの交響曲に一貫したスタイルが貫かれていることが実証されたのです。

こうしたこともサロンでマエストロ自身の口から聞き、実際の演奏で確かめることが出来たのです。予備知識無しでは、単に目先が変わったことをする人、という印象で終わってしまうのではないでしょうか。

終演後の拍手もいつもより熱いもの。カーテンコールの回数も通常の定期より多かったような気がします。

マルティン・ジークハルトという指揮者は一般的な人気は余り無いかも知れませんが、実力は相当なもの。特にウィーンで生まれた音楽、ウィーンに因んだ音楽を指揮させたら、ほとんど絶滅した感のある伝統的なウィーンの味を今日に蘇らせることのできる数少なくなった巨匠の一人だと思います。

これからも定期的に日本フィルに客演し、ウィーンの音楽を聴かせて欲しいもの。彼の指揮でならマーラーも聴いてみたい気持ちが湧いてきました。

なお、この日の演奏には大掛かりな録音が行われていましたから、いずれCDとして販売される可能性があります。

演奏会終了後、定期の二日目、即ち今日(11月14日)サントリーホールで午前中にオバマ大統領の演説会が催されるというニュースが飛び込んできました。

従ってステージは全て撤去、楽員の楽器も持ち帰ることが要求されたのだそうです。仮に楽器を置いて帰れば、翌日に全て中をチェック、鍵がかかっていれば壊してでも検閲するとか。
二日目のステージは、演説会が終了してから再設定することになります。

更に、演説当日は日本フィルの室内楽も披露される由。曲目はモーツァルトのクラリネット五重奏曲で、クラリネットは第4でも素晴らしいソロを聴かせてくれた首席の伊藤寛隆。弦は各パートの首席が占めます。
彼らは朝7時にはホール入りしてリハーサルですから、全員がホール近くのホテルに宿泊するという騒ぎになっていました。

いずれにしてもこれは名誉なこと。この情報はもちろんマエストロにも伝えられ、“それは凄いことだ!” と言ってジークハルト氏もいささか興奮気味だったとか。

大統領の来日スケジュール変更に伴う突然の事態とは言え、615回定期は将来に亘って語り草になる演奏会になることは間違いなさそう。もちろん演奏の素晴らしさによって、ですよ。

 

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