強者弱者(40)

冬の月、枯野

 月まどかなり。満都を氷壺の裡にてらす。冬の月は研ぎすましたる鏡の如く、趣、弦月に深し。弦月はゴシック風の塔にかゝりてよし。『長安一片月』など、冴えたる光はすべて萬頃のいらかを照すにふさはしきか。
 郊外にありて枯野の情趣最も掬すべきは、雑司ヶ谷、池袋のほとり、目黒競馬場のほとり、落合、中野のほとりとす。枯野の景物は尾花の穂に尽きたり。刈萱は枯れて始めて人の目に立つ草なり。我毛香の枯れたるは出水の後の穀類に似たり。烏瓜、蔓もどきなど満目只枯淡の野に一点紅の趣を添へたるもうれし。

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「満都」(まんと)は、今ではほとんど使われない表現になってしまいましたが、都全体のこと。この表現が使われなくなったのは、東京全体が大きくなり過ぎて満都を一括するような光景が無くなってしまったからかもしれません。

弦月は以前にも取り上げたような気がしますが、上弦の月、下弦の月のこと。「みかづき」と言った方が現代的でしょうか。

「萬頃」(ばんけい)の「頃」は元々中国で使われていた広さの単位。萬頃は、だだっ広い様子を表します。

「掬す」(きくす)は、もちろん「すくい取る」の意味。

晩秋、というか初冬を彩る植物がいろいろ挙がっていますが、「蔓もどき」という名前の植物は現代の図鑑などでは見当たりません。
恐らくツルウメモドキのことだと思われますが、晩秋に黄赤色の種を付けますね。季語は秋。

「満目」(まんもく)は、見渡す限り、という意味。

 

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