東京交響楽団特別演奏会

話題になっていたゲルギエフ指揮の東京交響楽団を聴いてきました。11月12日、ミューザ川崎シンフォニーホール。
私は分相応にチケットの高いコンサートはいきません。これも普段の東響よりは高い。それでも行く気になったのは、会場がミューザだったことに尽きますね。このホールの音響の素晴らしさは、例え天上桟敷でも変わることがない。いやむしろ、3階・4階のような天上に近い席のほうが、バランス良く、クリアーに響くのです。今回は4階C・4列29・30番という席でした。それでも6000円でしたがね。

モーツァルト/交響曲第41番
~休憩~
ベルリオーズ/幻想交響曲
指揮/ワレリー・ゲルギエフ
コンサートマスター/大谷康子

ゲルギエフ、凄い人です。オーケストラの音がいつもとはまるで違う。東京交響楽団は、時に動きが重く、鈍重に感じられるオーケストラで、私の好みではありません。ところがゲルギエフが指揮台に立つと、音楽はキリッと引き締まり、軽やかなアンサンブルに豹変する。マジックとしか言い様がありません。

この日のプログラム、珍しくロシアものが無いのですが、ゲルギエフ自身の選曲だそうです。ゲルギーのモーツァルトなんて初体験でしたが、彼は本当はこういう作品を演奏したいのでしょう。
ステージを見ると、指揮台がありません。短い指揮棒を手に登場したゲルギエフ、ステージの床を滑るようにオーケストラをドライブします。時に定位置を大きく踏み外し、プレイヤーの譜面台に被さるよう。
これはモーツァルトもベルリオーズも同じ。スコアを置き、チャンとページを捲りながら指揮しているのも好感が持てます。無意味な暗譜は避けているようです。(暗譜することを自慢気に誇る指揮者の多いこと!)

モーツァルト。
何も特別な仕掛けはありません。バロック・ティンパニを使っていましたが、金管やティンパニを強調して外面的な効果を狙うような愚は冒しません。軽やかに、しなやかに音楽が進みます。
冒頭から魅入られたのは、アンサンブルが見事なこと。ゲルギエフの過密スケジュールから推測して、リハーサルの時間が不足しているのではないか? という素人の懸念があったのですが、見事に裏切られました。放送で聴いた仏都の有名オケなど足元にも近づけない合奏力。正に一糸乱れず。

ゲルギエフがその「看板」に恥じない圧倒的な個性を見せたのは、第2楽章展開部と第4楽章ですね。音楽を実によく流し、流麗に歌っていくのですが、要所に強く響くのは内面的なドラマ。木管と弦の完璧なバランスが生み出す対位法の美しい絡み。深刻ぶらない深刻さ。
フィナーレの流れの淀みないこと。第2主題を支えるコントラバスまでが歌い、かつ踊っているのです。普通、この大きさのホールで12型オケがモーツァルトを奏でれば、ここまで細やかな音楽は聴こえてきません。これぞミューザの実力!
最初のモーツァルトから圧倒されてしまいました。ドラマティックなモーツァルトに。
(第1楽章と第4楽章の提示部は繰り返していました)

ベルリオーズ。
これまた見事。要所を押さえるべきティンパニが全体を引き締めているので、聴き手に、作品が本来持っている推進力と構成力をいやが上にも意識させていきます。次はどうなる、その次は、というハラハラドキドキ感。あっという間の50分でした。
第2楽章ワルツの後半、特にテンポを速めたりせず、感情が高まっていく様子など息詰まるほどの緊迫感。オーケストラがゲルギエフに乗せられて、自己ベストをどんどん更新していく手応え。
第3楽章の影吹きオーボエは舞台裏で吹いていたようです。扉を閉めたままでしたが、ホール一杯に響き渡る哀切のオーボエ。改めてミューザの音響・構造の素晴らしさに驚嘆します。
フィナーレの鐘、これも舞台裏でしたから姿は見えませんでしたが、オーケストラが加わってくるとさすがに痩せてしまいますね。今回の幻想、唯一の不満があるとすれば、これかな。
手に汗を握りながらも、決して暴走せず、響きが微塵も混濁しない第4・第5楽章。
筋肉質でありながら、決して豊満さを失わないベルリオーズ。風情は端正と言っても良いでしょうか。
(この作品では繰り返しは全て省略、トランペット属もコルネット2、トランペット2と、スコアの指定通り)
プグラムの曲目解説は東条碩夫氏、「ゲルギエフ初来日の思い出」という一文は寺西基之氏。両人とも会場でお見受けしました。

寺西氏によれば、ゲルギーの初来日は23年前、東京交響楽団を指揮した機会だったそうです。日ソ音楽家協会の設立記念コンサートでのこと、会場は五反田のゆうぽうと簡易保険ホールだった由。
23年前の五反田と昨日の川崎ミューザ。
不思議にもゲルギエフは、23年前の東響との演奏会を生涯忘れられないコンサートとして記憶しているそうですが、今回の23年ぶりの邂逅、東響との特別演奏会も、我々には生涯忘れることのない演奏会になったことは間違いなさそうです。

 

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