読売日響・第490回定期演奏会

漸く陽射しの戻った金曜日、読売日響の2月定期を聴いてきました。結論を先に書けば、これは真に面白く、我が国のマーラー演奏史に燦然と輝く一ページとなる名演だったと申せましょう。

正直に告白すれば、名曲シリーズの後半で煩いだけの演奏を聴かされていた耳にはマーラーはどうにも気乗りのしないコンサートに思えました。従ってほとんど期待もしていなかった定期。
それならパスすれば良いじゃないかという声が聞こえてきそうですが、マーラーの第7はナマで聴いた機会が少なく、特殊楽器、特に打楽器の扱いをどうするのかという興味があったので、拷問を覚悟で出掛けたのでしたが・・・。

《マーラー・イヤー・プログラムⅡ》
マーラー/交響曲第7番
 指揮/レイフ・セゲルスタム
 コンサートマスター/デヴィッド・ノーラン
 フォアシュピーラー/鈴木理恵子

その注目の楽器は、テノールホルン(第1楽章だけ)、マンドリンとギター(第4楽章だけ)、特殊打楽器としてルーテ(木の枝を束ねたムチ)、ヘルデングロッケン、ティーフェ・グロッケンといったところ。

ところでマーラーの音楽と言えば暗い、重い、悲劇的、喧しい、というのが相場。中でも第7交響曲は形式が複雑で難解。時に分裂症的な姿から、マーラーの交響曲の中では最も人気の無い作品でしょう。
私もレコードを含めていろいろ聴いてきましたが、一度も納得したことは無く、敢えて「愚作」というレッテルを貼る一歩手前まで来ていましたね。

ところがこの夜体験したのは、これとは正反対の明るい、軽い、楽しい音楽。

セゲルスタムは極めて速いテンポを採ります。特に終楽章などは超快速そのもの。
とは言いながら、決してイン・テンポではなく、頻繁に動きを加えるので聴いていて飽きることがありません。

例えば第2楽章。ここは3種類のテーマによる一種のロンドでしょうが、その2番目。ここを聴くと列車が走る光景を連想するのですが、チェロの主題のアウフ・タクトを少し伸ばすのです(練習番号78の5小節目第4拍)。これが再現される練習番号101も同じ。このフェイントは楽譜には書いてありません。

もう一箇所挙げましょうか。第4楽章の練習番号214辺りからのクレッシェンド。ここも単に音量を増すだけではなく、猛烈なアッチェレランドをかけるのです。

マエストロの基本姿勢は、全体にオーケストラの音量を押さえ、多彩な室内楽を思わせる演奏に徹すること。弱音が極めて効果的で、圧巻だったのは第4楽章でしょう。練習番号178の4小節前からのピアニシモの美しさには思わずハッとさせられるほど。210の5小節前からも同じ。

極めつけはホルン・ソロの素晴らしさ。この日は遠めに見ても明らかに外国人のエキストラ奏者が担当していました。
テクニックが完璧なのはもちろん、音色の柔らかさと倍音をタップリ含んだ円やかさはこれまでに聴いたことのないほどのレヴェル。
最近は日本人奏者にも優れたプレイヤーが少なくありませんが、彼ほどの名人芸は圧倒的な金メダル級。それでいてオーケストラの中で突出することは無く、完全に合奏に溶け込んでいる素晴らしさ。言い方は下品だけれど、彼を聴けただけで充分に元は取れるコンサートでしたね。

マンドリンとギターも決してオケの中に埋没せず、クッキリと研ぎ澄まされた音が響く。恐らくどんなに遠い客席からも明瞭に聴き分けられたことでしょう。
楽器の良さと優れた奏者に加え、セゲルスタムの絶妙な音量コントロールの賜物だと思います。

故に、この日の白眉は第4楽章。もう一度聴きたい。(読売さん、テレビ収録するならこの定期でしょうに)

もう一つの見物はヘルデングロッケン、所謂カウ・ベルのことですね。

第2楽章の最初、1番ホルンと3番ホルン(ゲシュトプフ奏法)の呼び交わしで登場する時はスコアには「遠方で」と表記されています(練習番号84)。ここをどうするのか、と言うのが聴きに行きたかった理由でもあります。

予想では舞台裏で奏するのかと思ったのですが、何とP席オルガンの真下にベルが用意してあって、打楽器奏者が移動して叩くのです。なるほどこの手があったのか、と感心してしまいましたわ。

同じ楽章で「オーケストラの中で」と指定された個所では、当然ながらオケ内に置かれたベルを叩きます。

更に痛快だったのは第5楽章でのカウ・ベル。

最後の最後に登場するクライマックスの4小節(練習番号296)では、何と4人の打楽器奏者が大小様々なサイズのベルを一斉に掻き鳴らすのでした。そのために打楽器奏者を一人追加していたほど。(打楽器奏者はティンパ二の他に5人が標準ですが、この日は6人使いました)
当然ながら他の打楽器と掛け持ちでベルを揺らす奏者もいます。その視覚的面白さ!

つまり今回の演奏に当り、カウ・ベルはP席のペアを含めて5ペアを準備していたことになり、恐らく天国のマーラーも膝を叩いて大喝采したに違いありませんな。

マーラーはこのような指定を書いていませんが、この効果は絶大。あまりのことに私は声を出して笑ってしまったほどでした。

それまでの四つの楽章でセゲルスタムは極力室内楽的な表現に徹してきただけに、フィナーレでの大爆発は一層の効果を挙げるのです。

特殊打楽器について更に書き加えれば、第5楽章練習番号268からのティーフェ・グロッケン。マーラーはここで「鈴の響きに似た、調律していない様々な金属の棒を不規則に打つ」と書き込んでいますが、セゲルスタムが採用していたのは、所謂チューブラ・ベルのようなものと、前回の自作でも使っていた雷鳴マシーン。つまり二人の奏者をこのパートに当てていました。これも新機軸でしょう。

以上、書き出せは特筆すべき個所はいくらでもあるのですが、謂わばセゲルスタム版とでも呼ぶべき今回の演奏で、私は初めて第7交響曲を理解することができましたね。そうか、第7は明るく、軽く、楽しく、時に思わず笑ってしまうほどに面白い音楽だったんだぁ。

読響はオールスター編成で、パートによって二人いる首席奏者のほとんどが演奏に加わっていました。トランペットは3本ですが、1番長谷川潤のアシスタントに田島勤、ゲスト首席ホルンのアシスタントに松坂隼という具合。
その他名前は書けないけれど豪華なエキストラ奏者だちも揃って、見事なアンサンブルを聴かせました。

こういうことがあるので演奏会通いは辞められないんですねぇ~。

演奏終了後、ロビーで顔見知りの事務局E氏にゲスト・ホルンのことを尋ねたら、フィンランド放送響の首席奏者であるエサ・何とか氏とのこと(何とか、というのは名前を聞きましたが右から左で忘れてしまったから)。
セゲルスタムが長年振っている同郷のホルン奏者。恐らく彼をゲスト出演させることを条件に第7を選曲したのでしょう。マエストロ渾身の、自信満々で臨んだマーラーでした。

 

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