古典四重奏団・ショスタコーヴィチ・ツィクルスⅢ

2007年秋、東京の音楽界最大の話題、なぁんて大袈裟なことを言ってしまいたくなるほど。古典四重奏団のショスタコーヴィチ・ツィクルスの3回目が昨日行われました。もちろん晴海は第一生命ホールのクァルテット・ウェンズデイの一環、第61回。
この回は、平成19年度(第62回)文化庁芸術祭参加公演でもあります。このお祭りが11月開催であるため、前2回は対象じゃありません。芸術祭参加なので、メンバーも更に張り切って演奏した、などということはなく、いつもの古典四重奏団でした。彼らは3年前、モーツァルトの第2夜で芸術祭大賞を受賞していますからね。
この日は、

ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第7番 嬰へ短調 作品108
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番 ハ短調 作品110
~休憩~
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第9番 変ホ長調 作品117

今シリーズのショスタコーヴィチはひとまず終了、続きは再来年の晴海に持ち越されます。来年はベートーヴェン・ツィクルス再演の初年度の予定。
毎度書きますが、とにかく集中力が凄い。鬼気迫る、と言っていいでしょうね。それにテンポが速い。単なるスピードのことではなく、「音楽時計」が一瞬も緩まない、とでも申しましょうか。
ショスタコーヴィチ・ファンは曲目を見ただけでピンと来るかもしれませんが、この日の曲目は、全て全楽章が休みなく演奏されます。そのことも、この日の集中力の尋常でない高さに影響したのだと思います。

第7番
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲では最も短い3楽章。亡き妻(最初の)ニーナに捧げられた作品で、全体に哀感が漂います。特に第2楽章はアルペジオ風の動きに乗って、第1ヴァイオリンに下降してくる主題が出ます。何となく第5交響曲の第1楽章の主題が頭を掠めます。(似たことは、次の第8でも繰り返されるのですが・・・)
これが中間部で、チェロのハイ・ポジションで再現されるときの哀切感、堪りませんねぇ。ニーナへの想いでしょうか。
第3楽章は一転、激しいフーガですが、最高潮に達した所で第2楽章の哀歌がヴィオラとチェロのユニゾンで出る衝撃。ベルリオーズの幻想交響曲におけるイデー・フィクスの扱いをチョッと連想してしまいました。
最後は、それまでの出来事が全て夢であったかの如く、儚いワルツが消えていくのでした。

第8番
ショスタコーヴィチの全弦楽四重奏曲の中でも特異な作品。自叙伝であり、自身へのレクイエム。15曲の丁度中央に位置しているのは、偶然とは言え、象徴的です。
「死」を連想させる「引用」がたくさん聴かれます。いきなりD-Es-C-Hで始まりますが、これはB-A-C-Hにも通ずる音程関係。十字架を意味してもいるのでしょう。自己のイニシャルは全曲を通して貫かれます。
その強靭な意志は、古典四重奏団の、時に胸苦しくなるほどの緊迫感で表現されていきます。
第1楽章に出る第1交響曲と第5交響曲の断片。第2楽章の狂ったようなイニシャルの爆発、それを彩る執拗なアルペジオ。両翼に分かれた両ヴァイオリンの激しいアクション。
突如飛び込む第3楽章は、死の舞踏。チェロ協奏曲(第1番)の引用は何を意味するのか? 静まり行く舞踏が行き着くのは、「怒りの日」(ディエス・イレ)の断片。
「ジークフリートの葬送行進曲」リズムの仄めかしは、第4楽章。ショスタコーヴィチ自身の魂を葬列が見送るのでしょうか、ディエス・イレを基にしたコラールが3度鳴り響きます。
再びディエス・イレの呟きが残ると、D-Es-C-Hによるフーガ。ここはもう、バッハの世界ですね。ハ短調のコードがホールに減衰してなお暫く、会場を沈黙が支配していました。

第9番
3番目の妻、イリーナに捧げた作品。つまり、7~9は、ショスタコーヴィチ自身とその妻たちへの思いが、何らかの形で表現されていると考えられますね。偶然でしょうが、面白いプログラミング。
第2ヴァイオリンがゆらゆらと開始する音型は、「波」。これが全曲を貫きます。第9の仕掛けの凄さは、一度聴いたくらいでは気が付くものではないでしょう。作曲家として、技術的、精神的にも肉体的にも、ピークを迎えたショスタコーヴィチが聴けました。
第1楽章の第3主題をそのまま使った最終楽章のコーダ。4人の息の合ったグリッサンドが実にカッコ良くコンサートを締め括っても、呆気に取られた聴衆は暫し拍手を忘れるほどでしたね。

今回の古典四重奏団による見事なショスタコーヴィチ演奏は、今後の演奏にとっても指標になるような気がします。最早伝説になりつつあるショスタコーヴィチ+ベートーヴェン全曲演奏シリーズ、今、第1ラウンドが終わったばかりです。今からでも遅くない、彼等のチャレンジを同時体験しようではありませんか。

 

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