古典四重奏団・ショスタコーヴィチ・ツィクルスⅠ

昨日は晴海の例会、第59回SQWを聴いてきました。古典四重奏団のショスタコーヴィチ・ツィクルスの1回目、番号順に取り上げるコンサートです。

ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第1番 ハ長調 作品49
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第2番 イ長調 作品68
~休憩~
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第3番 へ長調 作品73

前回のプレアデスとは一変、今日はいつもの出足のお客さんたち。常連さんにも欠席がある様子。それもそうでしょ、某Kホールでは某F団体のサヨナラ公演が重なってます。ここは、ホントにホントにコアな聴衆しか来ません。
紀尾井、凸版、王子、JTなどはお子様向け、ミーハー向け、って書いてた人もいましたなぁ。

まずプログラムが凄いです。演目のことじゃなく、配られた冊子。古典Qの第1ヴァイオリン・川原千真さんが書かれたものですが、大変な力作にして名文。日頃からその博覧強記ぶりは注目していましたが、このプログラム・ノート、ショスタコーヴィチの人間を描き、弦楽四重奏の座標を判り易く、見事に書き尽くしています。これを入手するだけでも晴海に通う価値あり。

演奏も素晴らしかった。毎度といえば毎度ですが、彼等の集中力の凄さ。決して音の圧力で圧倒するようなカルテットではないのですが、その気迫に仰け反ってしまう場面もしばしば。ショスタコーヴィチを堪能した夜でしたね。

第1番。まるでモーツァルトが背広にネクタイ姿で登場したような音楽。ショスタコーヴィチ自身が「春」と名付けてもよい、と語ったという作品。第3楽章の弱音器付けっ放しで演奏される、雲の上をヴァイオリンが唄うが如き軽やかな中間部。ここなんか“○○は春風に乗って”と言わんばかり。
あとは第2楽章。ヴィオラが裸で歌っていく「革命歌」が耳を衝いて離れません。

第2番。これは名曲名演奏の代表。充実してましたねぇ。
これも第1楽章冒頭から民俗音楽風の主題が、一瞬して耳を捉えます。第2楽章のレシタティーヴォとロマンス。ここは川原さんの独壇場上ですが、それを第2ヴァイオリン以下の息詰まるような和音が、3人の鋭く飛び交う目線を伴って支えていきます。
圧巻は終楽章の主題と変奏。どことなく日本民謡を連想させるような異国風主題がヴィオラ・ソロで出るところから音楽がビンビンと琴線に触れてくるのでした。

第3番。第8交響曲に準えられる作品ですが、第1と第5楽章には第9交響曲の余韻も聴かれます。私はいつもそう思うんですが、今回も同じでした。
第10交響曲の第2楽章を先取りしたような第3楽章の5拍子。ここの迫力には、それこそ仰け反りました。
第4楽章の葬送行進曲、第2ヴァイオリン以下のユニゾン、その5連音符の見事に揃ったアンサンブルの素晴らしかったこと。コーダでヴィオラとチェロだけが残って、第5楽章にアタッカで入っていく辺りの、ピンと張り詰めた緊張感が客席に物音一つ立たせません。完全に魅了された聴き手たち。

そうです。この日も第一生命ホールは素晴らしい聴衆に恵まれました。最後が強奏で終わる1番や2番でも、残響が収斂し、演奏家が姿勢を緩めるまで拍手を控える聴衆。

古典四重奏団のショスタコーヴィチ・ツィクルスは、そのまま続行するのではなく、間にベートーヴェン・ツィクルスを挟むのだそうです。今日のプログラムに予定が掲載されていました。
それによると、2008/2009シーズンはベートーヴェンの第1回から第3回、2009/2010シーズンでショスタコーヴィチ完結。2010/2011シーズンがベートーヴェン後期となる由。

来シーズンの予定を見ると、水曜日じゃありませんね。SQWの看板を外し、新たな方向を探るのでしょうか。ウィーク・エンドや休日が予定に組まれています。
皆さん、これを機会に晴海のクァルテット・シリーズに気軽に脚を運びませんか。これほど最上質の室内楽、いや音楽が聴けるのは、世界広しと雖も晴海しか無いんですよ。

 

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