復刻版・読響聴きどころ(12)

2007年6月の名曲シリーズはクライツベルクの指揮。読響得意の外人有名指揮者の登場です。

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そろそろ6月の聴きどころを始めましょう。順序が入れ替わって名曲シリーズが先になります。ヤコフ・クライツベルクの指揮でフンメルのトランペット協奏曲とマーラーの交響曲第5番の二本立てです。

トランペット・ソロはアリソン・バルソムという人。指揮者もソリストも私は初めて聴く人ですので、その方面の紹介は他の方にお任せしたいと思います。

例によって切りながら進めますが、この会も4月定期と同じように版の問題があります。あまり細かい事には立ち入りませんが、聴きどころに繋がることもありますので、我慢してください。

まずフンメル。日本初演ははっきりしませんが、定期演奏会初登場はこれです。
1973年4月20日 京都会館 モーリス・アンドレのソロ、山田一雄指揮京都市交響楽団。
再演と思われるものが我が読売日響の第110回定期で、1975年3月25日の東京文化会館、同じくモーリス・アンドレのソロ、指揮はハンス・ドレヴァンツでした。

さてこの曲は変ホ長調となっており、初演も今回もこれが演奏されるようですが、本来というか原作はホ長調なのだそうです。
オリジナルの調性による版はユニヴァーサルから出ておりまして、オイレンブルクで入手出来るものはオリジナル版だと思います。オイレンブルクは最近全音楽譜と提携して日本語解説版を出しましたから、この曲も日本語解説で読むことが出来ます。興味のある方は是非ご覧下さい。

移調して普通に演奏されてきた変ホ長調版はクラーク・マッカリスターという人の校訂で、カーマスから出版されています。
今回は恐らくこれが使われると思いますが、確かな情報ではありません。
同様に変ホ長調に移調されたもので、クラリネットを省いた版がビロドーというフランスの出版社から出ていますし、クラリネットもティンパニも使わない版も存在します(やはりフランスのEMT)。
聴くだけの我々にはどうでもいいことかもしれませんが、現場ではどの版を使用するかで指揮者やソリストとのやり取りがあったはずです。

で、普通の楽器編成は、トランペットのソロの他にフルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、ティンパニと弦5部です。

オイレンブルクのオリジナル版ポケット・スコアにはカデンツァは一切ありませんが、変ホ長調版によるレコードなどではカデンツァが吹かれるものが多いようです。
当日はカデンツァがあるかどうか、あればどんなカデンツァかも聴きどころにしておきましょう。

ところでトランペットですが、現在はピストン付きの普通の楽器で演奏されます。フンメルが実際に作曲したのはこのタイプのトランペット用ではなかったことにも注目したいと思います。
トランペットは、バルブのない自然トランペットから現在のものにすんなり発展してきたわけではありません。半音を出すために様々な試行錯誤が行われてきたのです。

フンメルのものはそうした楽器の一つ、有鍵トランペットという楽器のために書いたのが今回のトランペット協奏曲です。
詳しい話はプログラムに載るでしょう(あまり期待はできませんね)。要するに当時、有鍵トランペットの名手がいたんです。アントン・ヴァイディンガー Anton Weidinger (1767-1852) がその人。ハイドンもこの人とこの楽器のために有名なトランペット協奏曲を書いています。フンメルより先です。
楽器の発明と作曲の時期について資料により混乱がありますが、そういうことは学者に任せておきましょう。

全体は急緩急の3楽章、第2楽章から第3楽章へはアタッカでそのまま流れ込みます。
トランペットの華やかな技巧が聴きどころでしょうが、転調の美しい部分もあり、次第に古典的な音楽にロマンティックな香りが偲び込んでくる辺りにも注目したいと思います。

フンメルはモーツァルトの弟子で、2年間モーツァルトと一緒に生活したということになっていますね。
ハイドンはご存知の通りエステルハージー家の楽長でしたが、フンメルはハイドンの推薦を得てエステルハージー宮廷楽長の後任になります。このトランペット協奏曲はその就任披露の食卓音楽として初演されたそうですね。

クラシック音楽という片意地を張らず、食卓音楽として、新楽長就任(この場合はミスターSか?)を祝すような楽しい気分で聴ければ良いと思います。

ということで、この項は一先ず終わります。

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ということでマーラー聴きどころ。
日本初演はオケの定期ではなく、東京音楽学校(現・東京芸術大学音楽学部)のオーケストラで、1932年(昭和7年)2月27日、第62回演奏会においてクラウス・プリングスハイムの指揮で行われました。会場は日比谷公会堂です。

ところでプリングスハイム氏はマーラーの直弟子にあたり、マーラーの紹介には異様な執念を燃やしていました。当時の芸大オケは恐らく稚拙なレヴェルだったと思いますが、氏の恐れを知らぬ情熱がこの初演を実現させたと言います。

この後は遥か後年、戦後になってやはりプリングスハイム氏の指揮する関西交響楽団が1955年10月10日の定期で取り上げています。ある意味で日本楽壇はマーラーの直系による演奏を享受でき、他の国々に比べればはるかにマーラーを受け入れる下地が整っていたのかもしれません。

次に版の話ですが、マーラーは演奏の度に自作品に手を入れていました。第5交響曲についても様々な批判校訂版が出版されています。
出版は全てペータースですが、1964年のエルヴィン・ラッツ校訂版、1988年のカール・ハインツ・フュッスル校訂版、つい最近の2002年にはラインホルト・キュービックの校訂版も出版されました。
今回のクライツベルクという指揮者が版に対してどのような見解を持たれているのか存じませんが、マニアックなファンには気になる所であろうかと思われます。

基本的なオーケストレーションは版による違いがあるわけではありません。3管編成を拡大したもので、
フルート4(3番と4番はピッコロ持ち替え)、オーボエ3(3番はイングリッシュホルン持ち替え)、クラリネット3(3番はSクラとバスクラリネットに持ち替え)、ファゴット3(3番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ、打楽器4人、ハープ、弦5部です。打楽器は小太鼓、トライアングル、タムタム、グロッケンシュピール、鞭、シンバル、大太鼓、大太鼓とシンバルを組み合わせたセットでしょうか。

マーラーの交響曲の中で第5番は最も人気があり、演奏頻度も高いと思います。理由は第4楽章のアダージェットが映画に使われたり、癒し系CDで大ヒットしたことも挙げられるでしょう。この部分を楽しみに聴かれる方も多いと思いますが、折角ですから他の聴きどころもいくつか指摘してみたいと思います。

まずマーラーは長くて苦手、という方はこのように捉えてください。マーラー自身が楽譜に書いていることです。
これは全体が5楽章で出来ていますが、第1楽章と第2楽章をひとまとめにして第1部、第3楽章が第2部、第4楽章と第5楽章がセットで第3部という構成になっています。
しかもこの3部がシンメトリーを成しています。つまり中央の第2部(第3楽章)を挟んで第1部と第3部が対称型に出来ているのですね。

第1部は暗い音楽なのに対し、第3部は明るい音楽。もちろんことはそう単純でもないのですが、大体そのように聴いていくと、息の入れ方、気持ちの切り替え方がスムースにできると思います。

しかも第1部と第3部には明確に共通する箇所が出てきます。それは金管楽器が高らかに鳴るコラールです。これが両方にあることで、聴き手に交響曲全体のバランス感覚をシッカリ植え付けてくれるんです。第5が交響曲の名曲たる所以はこのバランス感覚にもあると思いますね。

楽譜をお持ちの方は確認されると良いのですが、この二つのコラールはどちらもぺザンテ Pesante(重々しく)という記号が書かれているので、マーラーが対称を意識しているのは明らかです。(第2楽章の練習番号27と第5楽章の練習番号33の7小節目)

第1部が第1楽章と第2楽章と言いましたが、この二つの楽章には同じ旋律が使われます。注意深く聴かれると、そっくりなメロディーが性格を変えて演奏されることに気が付くはずです。注意して聴いてみてください。
第3部も同じで、ゆったりした癒しのアダージョで真ん中辺りに出てくる美しい上向旋律が、第5楽章ではいとも軽やかに登場してきます。チョッと聴くと全く違うように聴こえますが、慣れてくれば同じメロディーだと思い当たるでしょう。ここもマーラーの巧い所、憎い扱いですね。

第3楽章にも注目です。前にも書きましたが、この曲では6本のホルンが使われます。しかし第3楽章では1番奏者にはコルノ・オブリガートという特別なパートが与えられています。Corno obligato、不可欠なホルンということでしょうか。
最近ではラトルが指揮したベルリンフィル、ザネッティという人が振ったN響では、この1番ホルンをわざわざ指揮者の横に立たせてこのパートを演奏しました。
クライツベルクがどうするかは当日のお楽しみですが、私個人的にはこういうやり方は感心しません。他のホルンとの合奏もあるのですから、アンサンブル上具合が悪いのではないかと思ってしまいます。

ところで第3楽章で他のホルンはどうするかと言うと、一人はお休みで4人のホルンが演奏します。
この場合の1番は2番奏者が繰り上がるのではなく、3番奏者が1番、同様に5番奏者が3番を担当します。2番と4番は他の楽章と同じ。従って、ここでは6番奏者がお休みになります。

あまり拘ることでもありませんが、ホルンの組分けなども観察してみては如何でしょうか。

パロディについても一言。
マーラーはよくパロディを交響曲に持ち込みます。さっき触れたコラールもその一つだと考えられます。

第5を書いたのはアルマと知り合って結婚したばかりの頃でしたが、アルマはこの交響曲にコラールが出てくるのが気に入らなかったそうですね。それでもマーラーはコラールに拘りました。
ブルックナーの第5にもコラールが出てくる、という解説もありますが、私はブラームスに対する皮肉に思えて仕方がありません。
ブラームスもその第1交響曲の第1楽章と第4楽章でコラールを高らかに演奏させています。

第5楽章でコラールが出る寸前に注目してください。練習番号で言うと32の6小節前から、トロンボーンが次々と下降してきます。ここは明らかにブラームスの第2交響曲のコーダのパクリでしょう。この行き着く所で音楽は主調である二長調に突入します。ニ長調はブラームス第2の調ですね。

つまりマーラーは交響曲第5番でブラームスの第1と第2をバッサリ切って捨てています。
ブラームスはマーラーの指揮こそ絶賛していましたが、作品は酷評しましたね。友人のハンス・ロットに対する仕打ちもマーラーは忘れていなかったはずです。
ブラームスが死んだのは1897年。マーラーがブラームスの死後最初に書き始めたのはこの第5です。もしブラームスにこの曲を聴かれたら、とんでもないことになっていたのは間違いないでしょう。

第5楽章の最初に木管のソロが断片を吹きますね。ファゴットに出るのは「子供の魔法の角笛」のなかの「高い知性への賛美」です。歌の内容は、ナイチンゲールとカッコウが歌比べをし、ナイチンゲールの素晴らしいコロラトゥーラを理解できないロバがカッコウの勝ちと判定するのですよね。カッコウが歌うのは古臭いコラール。ブラームスが誰か、言わなくても判るでしょう。
おっと、このファゴットのパロディー、歌曲で対旋律として登場するメロディーが第3楽章の頭でも同じようにホルンに出てきます。
しかも歌曲と同じ Keck(向こうみずに)という指示記号を伴って。

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